二
8月3日(水)
右手がボクのものじゃなくなってから一週間が経った。この一週間は友達とも会えず、ずっとこいつを抑え込むのに必死だった。お母さんやお父さんにもバレてはいけない。なのにこいつはご飯を食べている最中にひとりでにリズムを取ったり、熱くなったみそしるのお皿を勝手に触ってひっくり返したり大騒ぎしたりして、ボクは何度もお母さんに怒られた。そのあいだ、ボクはだまっているしかできなかった。だってこれはボクのせいじゃない。
でも右手が勝手に動くというのは、なれてしまったらそれほど怖いものではないのかも。部屋に1人でいるときに観察しているとなんだかだんだんペットのハムスターでも見ているようなキブンになってくる。試しに氷を握らせてみたら驚いて放り投げてしまった。でもボクは冷たさを感じない。たぶん針で刺しても痛くないんだろう。
8月7日(日)
今日はお父さんが仕事のおやすみをもらって、三人で大きなプールに行ってきた。ボクは右手のせいで着替えも泳ぎも上手くできなかったけど、それでも流れるプールやウォータースライダーは関係ない。楽しかった。
そういえばなんとか左手だけで水着に着替え終わってプールに向かう途中でちょっとだけ走ってしまったとき、床がタイルになっているところがあって、そこで足を滑らせた。しまった、と思った。頭が急に後ろに倒れて、ボクは目をつぶった。けれどもそのあとどこにも痛みがこなかった。ゆっくり目を開けてみると、右側にあった手すりをボクの右手がつかんでいた。
こいつがボクを守ってくれたのかも?
8月10日(水)
今日も右手にいろいろなことをさせてみた。まずは鍵盤ハーモニカを試してみた。ボクが吹いて右手が叩く。最初はなにかの曲みたいに聞こえたけど、途中でいたずらに叩いてるだけだってわかった。音階もリズムもめちゃくちゃだ。
お母さんに勉強の途中につまむからと言ってコアラのマーチを器に入れてもらった。そして部屋まで持っていって、右手がお箸を使えるか実験した。これもダメ。お箸を一本持たせるのもやっとで、しまいにはコアラたちを焼き鳥のように次々に串刺しにし始めた。スプーンも試してみたけど、コアラが粉々になるだけだった。
どうやらこいつはボクが左手を動かすようには、自分のことをコントロールできていないらしい。しばらく様子をみているとどうやら落ち込んだり、怒っていたりしているみたいだった。こいつに心はあるのだろうか。
今えんぴつを持たせたらなにか書くかな?
~~~~~ん~~~~~い~~~
全然ダメ。字みたいなのもあるし、持ち方はそれなりに正しいけど、ふにゃふにゃで居眠りしながらとったノートみたい。なんだか悲しそうに見えたから、お母さんからハンドクリームを借りてきて塗ってやったら、気持ちよかったみたいでちょっと静かになった。
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