第133話
寒さは微塵も感じない。特別にスカートを穿いてきて、足元から風が吹き込むのに、その風すら心地よくも思える。とにかく身体が熱い。思いっ切りペダルを漕いでいるだけが理由でもないのだろう。前を照らすライトは過去一番の明るさになっている。
信号が黄色に変わる。ギリギリ間に合うと突っ込む。スカートがひらめく。私には止まってる時間などないし、捲れ上がったスカートを気にする余裕もない。
息を切らしながら考える。潤ちゃんは何時に帰るのか。それと聡子さんは何時に行こうとしているのか。
聡子さん‥‥‥。
そういえば茜さんは聡子さんの苗字を知っていた。何か伝えようとしていた気もするけど何だったんだろう。いや、今はそんなことどうでもいい。と考えを戻す。
夜と言って夕方だったとしたら、これだけ飛ばしていても全然間に合わない。事を終えてベッドの中で二人で余韻を楽しんでるってことも十分考えられる。それだけは許せない。
潤ちゃん‥‥待ってて‥‥今行くから。
お店から潤ちゃんの家に行ったことは無い。どのくらい掛かるのだろうか。そもそもお店を出た時間って何時だったのか。あれこれ考えても頭の中が混乱していて答えが出てこない。
サクジョの方へ向かうにはどの道が早いんだろう。とにかく方向だけは間違ってないとペダルを踏む足に力を入れる。
チェーンが切れるまで、心臓が止まるまで、ぶっ飛ばせ。
赤信号に替わる。それを見てブレーキレバーを握り、ひとまず青になった方へと進む。それからまた途切れた車の間を縫って陸橋を駆け上る。これが近道なのかはわからない。私は感覚を頼りに足と手を動かす。
目の前がパッと明るくなった気がした。よく走った道だ。
ここから五分もあれば着くはず。それで安心したのか、急に足がだるくなって来た。あと少し、頑張れ私の足。
街灯も疎らな薄暗い道を猛スピードで抜け、線路沿いの道を走っていると、遥か前方に赤い光の点滅が見え、徐々に警報機の音が大きくなった。私はペダルと漕ぐ足を止め惰性で走り続ける自転車の上で前後に顔を向ける。
電車はまだ見えない。よりによってこんなところで足止めとは。踏切に着いた私は息を乱しながら遮断機が開くのを待った。
ふと額から流れ落ちるものを感じ、手の甲で額を拭うと汗でびっしょりになった。相当な汗だと自分でも驚く。光を放った電車が通り過ぎるのを待ちながら呼吸を整える。
あともう少し頑張ればアパートに着く。
遮断機が上がり始めたと同時に、それを潜るように自転車を前へと進める。小学校の脇を通り過ぎ、その先の十字路を左に折れる。だいぶ息が上がって来た。サクジョへと続く道を途中で右に曲がる。この道の脇にある酒屋が見えれば、もう目と鼻の先。
酒屋の灯りが見えた。一気に右折する。
するとその先に一台のワゴンが止まっていて、危うくぶつかりそうになってしまった。サッとそれをかわして次の目印の街灯を目指す。
その時、パッと照明が当たったように自転車の周囲が明るくなった。
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