第132話

 土日は交替でお昼を摂る。店長の杉山さんが入ったのは午後四時だった。


 店の外が徐々に暗くなる。つるべ落としと言われる季節だ。バタバタ動き回って視線を外に向けた時にはもう真っ暗になっていた。


 時刻は六時。閉店まであと一時間。


 そう思った瞬間、私の中で秒読みが始まったような気がした。別の戦までの時間だ。今朝は気分が低下していたが、この忙しさで一気に上昇気流に乗った。これを維持したまま潤ちゃんのアパートに突撃する。



 店内に閉店を告げる音楽が流れ始める。本来なら休日の前の心地良い開放感が身体を包んでくれるのに、今日の私は開放どころか緊張感に包まれ、身体がピリピリしている。


「やっと終わったね」


 そのせいか茜さんに声を掛けられた時もビクッと反応してしまった。


「由佳理どうしたの?」


「いえ、ちょっと仕事が忙しかったから」


 適当な言い訳も真っ当な理由に思えるから助かった。終わり支度を素早く済ませた私は更衣室に飛び込む。皆と違って一人だけ別の時間が流れているようだ。ツナギを脱ぎながらお店の電話が頭に浮かぶ。でも電話している間に聡子さんが行くような気がする。それこそ無駄な時間だ。


「今日の由佳理は一段と気合が入ってた感じだったね」


 あとから入って来た茜さんが下着姿の私を見て言った。


「おっ!今日はまた可愛い下着じゃない?」


 そう言いながら私のお尻にタッチする。ビクッとなった私は茜さんを睨んでしまった。


「あ‥‥ごめん。なんか気に障っちゃった?」


「いえ、私こそすみません」


 ツナギを手早く丸めてバッグに押し込む。それを横目に茜さんはツナギのチャックを下ろした。


「由佳理、なんだか忙しそうなんだけど?」

「ええ。ちょっと急用があるんです」


 私はせかせかと洋服を着てロッカーをバタンと閉じる。お先に失礼します、と言って扉を開けた時、茜さんから訊ねられた。



「そういえばさ、例の強者の女の名前ってまだ聞いてなかったよね?」


「あ‥‥聡子さんって言うんです」


 私はそう言うなり駆けだした。その直後、背後から茜さんの声が届いた。



「聡子って、もしかして‥‥村上聡子?」


 走りながら「そうです」と言ってチラッと振り返ると茜さんが下着のまま出て来ていた。それに店員の皆の視線が集まったのか、「見物料取るよ」という茜さんの声が耳に響いた。




「由佳理!ちょっと―――」


 何か私に言おうとしたのだろうが足は止まらなかった。自転車の籠にバッグを放り投げると、素早く飛び乗り真っ暗な道路に飛び出した。

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