第131話

 目を見開いた先にはぼんやりと灯る明かりだけでそれ以外は真っ暗だった。状況を把握するのにどれくらいかかっただろうか。



 夢‥‥‥だった。


 と時計を見る。朝の三時だった。額には汗が浮かんでいて掌で拭うと目の周辺も濡れていた。笑いかけたがうまく笑えなかった。今度こそ正夢かもしれない。そんな思いが私の抱いている夢を霧のように包んでいく。



 私は負けたんだ。いや、勝負はまだ。でも‥‥負けるような気がする。


 もし同じ夢を見たらという恐怖が寝ることを躊躇わせたのか、その後の眠りはとにかく浅いもので目覚まし時計の音すら聞こえていた気がする。


 気が付くといつもの起床時間。私はけだるい身体に気合を入れて起き上がった。顔を洗って鏡を見るとなんだか情けないような顔をしている。戦う前に既に敗者のようだ。洗濯するのもやめた。どうせ明日は定休日。暇に任せてゆっくりやればいい。出来る事なら鼻歌など歌いながら―――。


 九時に職場に着く。更衣室で茜さんと顔を合わせる。


「あれ?由佳理なんだか顔が腫れぼったい感じに見えるんだけど?」


「え~、ちょっと昨夜は寝付きが悪かったんですよ」


「もう、また彼氏のことでも考えて悶々としてたんじゃないの?」


 当たらずとも遠からずだ。でもそれは黙っていた。



「さ~っ!今日も売るよ!」


 昨日の気分の高まりを引きずっているかのように茜さんは気合十分。その気合が羨ましい。



 十時の開店と共にお客さんが店内に押し寄せる。冬商戦大売出しとチラシを打った効果だろう。お目当ての商品を手にするお客さんでレジも大忙しだ。冬タイヤに履き替える人、スキーキャリアの取り付け、オイル交換とピットの二人もてんてこ舞い状態。


 見かねて杉山さんもフォローに入る。お客さんに呼び止められて商品の案内をする。横目でレジカウンターに視線を送ると茜さんがテキパキと仕事をこなしている。暇な人は誰も居ない。私も店内を縦横無尽に駆け回った。


「川島さん、飯行ってくれ!」


 杉山さんの言葉に私はロッカーからお弁当を取り出して事務所へと入る。お母さんが居た時は蓋を開けるのが楽しみなほどのお弁当を用意してくれたけど、自分で作るようになるとだんだん雑なものへと変わり、特に今週はおにぎりが二つだけという有り様。


 ボーッとそれを見つめてから一気にかぶり付く。腹が減っては戦は出来ないと言い聞かせながら。  


 無駄に休んでると詰まらないことを考えそうな気がしたので、食べ終わる早々私は前線に復帰する。杉山さんがそんな私を見て口角を上げる。私も目で応えた。


「よ~し、桑子!飯だ」


 杉山さんの声に茜さんが反応する。時刻は二時を回っている。お客さんに商品の案内をしてレジカウンターに戻ると、既に茜さんがレジを打っていた。思わず私は目を丸くして訊ねた。


「ご飯行ったんですか?」


「食べたよ。ササっと」


 何食わぬ顔で応えると茜さんはニコって笑う。それにしても驚異的な速さだ。掻き込むというよりも飲んでいるんじゃないだろうか。


 それであのスタイルは理解できない。

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