第129話
「もう!なんで電話して来ないのよ!潤ちゃんのバカっ!」
私は黒電話に向かって大声をあげる。そしてお風呂に入って布団を被る。今日は兄貴の部屋から持って来た目覚まし時計も加えて、合計二つという万全の体制を取った。
――「いっけない!」
慌てて飛び起きる。またやっちゃったと時計を見たらいつも起きる時間で、その数分後に目覚まし時計が鳴った。胸をなでおろして洗濯機を回す。ふと居間の奥の部屋を見ると洗濯物が干しっぱなしになっている。昨日忘れたのだと、それを外して放り投げる。冬物のツナギは乾きが悪く少し湿っぽい。文句も言えないとバッグに押し込む。
自転車は今日もほぼ全開。昨日遅れた分もあるので、普段よりも早めに家を出る。十一月に入ってめっきり寒くなって来たが、ここ数日はそれをほとんど感じないでいる。
電話で伝えられるチャンスは土曜の今夜しかない。今日は大安。絶対潤ちゃんから電話が掛かってくる。私は心の中で何度もお願いした。
必ず掛けて‥‥潤ちゃん。
冬商戦真っ只中とあって開店と同時に店内はお客さんで賑わった。店員の誰しもが忙しなく動き回っている。それでも時には追いつかないほどで時間を気にしてる暇もない。私としては無駄なことを考えずに済んだのでこの忙しさは有難かった。いつもなら今日の売り上げはどのくらいなのかと、意識の大半はそこへ行くのに、今日に関しては全く頭に浮かばなかった。
家でやることがあるからと、今日も茜さんのお誘いを断って自転車に飛び乗る。この調子を維持できれば競技に出られるかもしれない。
洗濯物はそのまま。朝まで干していた方が乾きが良いからだ。とりあえずお風呂の準備や夕飯の支度をする。絶えず耳は電話に集中させる。八時半になった。ご飯を食べ終わった八時四十五分。私の身体がビクッと反応する。
来たっ!と一目散でベルの音へと向かう。やっぱり掛けて来てくれた。
「もしもし!潤ちゃん!あのね!――」
受話器を取るなり私はまくし立てた。
《―――あ‥‥先輩?私です》
電話の相手は梨絵だった。
「ごめん、梨絵ちゃん。大事な電話待ってるの。あとで掛け直すから――」
言うことだけ言って一方的に切った。あとでしっかり謝ろう。期待に膨らんだものが音を立てて萎んでいくのがわかる。それからはずっと電話の前で手を合わせていた。
お願い‥‥掛けて!
九時を十分ほど回ったところで私は抜け殻のような身体を片手で支えていた。仕事が忙しくても一本くらい電話してくれてもいいのに、と鳴らずに黙り込んでる電話に話しかけた。
「もしもし‥‥梨絵ちゃん」
《あ‥‥先輩。電話どうでした?》
沈んだ声から梨絵も察したのだろう。電話に出た梨絵の声も明るくなかった。
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