第128話
「潤ちゃんがそんなことOKするわけないじゃないですか」
「だから、子供を作るのよ。どこかのバカは兎も角として、さすがに潤は自分が腹ませた女は見捨てられないでしょ」
「抱きませんよ。あなたなんか――」
これも予想の範囲なのか、然程動揺は見られない。
「潤のことだから抱いてなんて言っても無視されるでしょうね。でも裸になって泣きつけばどうかしら?意外と男ってその気になったりするものよ」
部屋に入った聡子さんがすべてを脱ぎ捨て潤ちゃんに迫っていく。そんな光景を振り払おうと数回頭を振る。耳も塞ぎたいくらいだ。
「潤が今出張に行ってるって知ってるわよね。帰って来る日も。だから日曜の夜にでも行こうかなって―――」
そこまで言うと聡子さんは腰をあげてテーブルの上の伝票を手にした。
「今日は私の話を聞いてくれたってことで御馳走するから」
そそくさと歩いてお店から姿を消した。そのあと、すぐに雪子叔母さんがやって来た。
「大丈夫?なんだか顔色が悪いけど、どんな話だったの?」
何か言いたかった。でもとても話せない。最後は作り笑いで大した話でもなかったと言うのが精いっぱいだった。
家に帰った私は電話の前から離れられなかった。出張に行っていても必ず電話は来る。そうしたら聡子さんから聞いた話を伝える。なんとしてもそれだけは阻止しなければならない。明日は仕事。お風呂にも入りたいけど、このままじゃ入れない。
壁の時計を見る。八時三十分。九時まであと三十分。
もし九時に電話が鳴らなければ今日はきっと掛かって来ない。そうなれば明日だ。私から掛けられれば一番楽なんだろうけど。
布団に入ってもなかなか寝られなかった。瞼を閉じるといつか見た夢が広がる。妊娠三ヶ月。せっかく人に話したのにこれじゃ正夢じゃない、とイライラして布団を頭まで被った。
――「いっけない!」
起きたら九時半だった。とっくにお店に行ってる時間だ。慌てて化粧して自転車を飛ばす。着いた時は開店十分前だった。すみませんと一人一人に頭を下げて回る。こんな失態は初めてだ。せめてもの救いは皆の笑顔だった。
お昼休憩は要りませんと杉山さんに話したけど、俺なんか若いときはしょっちゅうやって怒られたと笑いながら手を振る。ここでも私は頭を下げる。
「昨夜はひょっとしてデートで遅かったかな?」
更衣室でやんわりと茜さんが口を開く。
「いえ、そうじゃなくて、ちょっとなんて言うか‥‥」
言葉がまとまらない。茜さんなら話せばきっと良いアドバイスがもらえそうな気がする。わかっていても言い出し辛い。それよりも早く帰って電話を待ちたい。
気分転換にドライブでも、という誘いを断って私は再び自転車を飛ばす。けっこうスピードも出ているのか、前のライトがいつもより明るい。
九時を過ぎても電話は鳴らなかった。
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