第127話
「ちょうど自転車が見えたものだから――」と前振りをしてから、
「実は潤抜きであなたと話がしたかったのよ」
取り出した煙草に火を点けて聡子さんは煙を吐き出した。
「私も聡子さんにお話ししたいことが――」
私の言葉がやや意外だったのか聡子さんはじっと私の顔を見て、
「そう。じゃ、あなたの方から先に聞かせてくれる」と私を睨んだ。
「いえ、私はあとでも‥‥先に聡子さんの方から」
「私の話を聞いたら、あなたは話せなくなっちゃうかもしれないから、先にどうぞ」
どんな話なんだろうと横を向く。雪子叔母さんが心配そうに見ている。その視線だけでも心強い。ならば、と口を開きかけた時、鐘の音が立て続けに聞こえ、数人のお客さんが入って来る。お店の中が一気に忙しくなったせいで雪子叔母さんも話を聞いてるどころではなくなってしまった。
「潤ちゃんが以前、聡子さんに借りた恩があると言ってましたけど、その恩を私が代わりに返すことって出来ないでしょうか?私に出来る事ならなんでもしますけど――」
慌ただしく動き出した雪子叔母さんを待ってるわけにはいかない。私は意を決して口を開いたが、これは聡子さんにも意外だったらしく、一瞬驚いたような顔になった。
「どんな話かと思ったら。意表をつくとはこのことかしら」
一度鼻で笑ってから、聡子さんは目を細めた。
「あなたでも返せるわよ。ホントにどんなことでもするの?」
「します。ただし私に出来ることですけど」
その時、出来上がったコーヒーが運ばれてきた。雪子叔母さんが私に目を向ける。大丈夫と心配してるようにも見える。聡子さんがカップを運ぶのを見て、私もコーヒーを啜る。熱いコーヒーが渇き気味の身体に染み渡っていく。カツンとソーサーに置く音に前を向くと、聡子さんが口を開いた。
「出来るわよ。簡単なこと―――。潤と別れて」
その言葉は電気となって私の身体を流れた。痺れた感覚はないもののコーヒーを持つ手がピタリと止まる。隠していた本心をさらけ出したと私は聡子さんの目をじっと見る。
「あなたでも、というか、あなたにしか出来ないことかもね。そうすれば潤の恩はチャラにするわ」
「たぶん私が別れるって言っても、潤ちゃんが許さないと思いますよ」
「きっとそうなるわね」
そこまでは分り切ってることなのだろう。聡子さんは全く顔色を変えず「だから」と言ってテーブルの中央に顔を寄せて来た。
「潤の子供を授かるの」
やっと聞き取れるかの声に私は眩暈を覚えた。頭の中が混乱して思考が停止してしまいそうだ。
「さ‥‥授かる」
「まさか意味が分からないなんて言うんじゃないでしょうね。友達でも良いなんて昔は言ってたけど、いつまでも友達ってわけにもいかないでしょ。特にあなたが現れてからは気持ちも変わったというのか、やっぱり私、潤と結婚しようと思うの。これがさっき言った私からの話」
眩暈が酷くなる。でもここはしっかりしなくては。
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