第126話
「出張なんて初めて聞いたわ」
「年に何回って感じで滅多にはないんだけどね」
行きついたレストランのテーブルで、私達は料理を口にしながらあれこれと話し合った。
「それでどれくらい行ってるの?」
「明日から出るんだけど、帰って来るのは日曜の夜になっちゃうかな」
日曜という言葉に反応しそうになり、慌ててストローを咥える。
いけない、いけない。これはあくまで極秘計画。日曜に行くなんて話したら今度はちゃんとゴムを用意して置くかもしれない。でもベッドの中では確か買ったことがないと言っていた。だとすれば私が用意するってこと。それならうっかりしてって言い訳も出来るか‥‥。
「どうかした?」
顔色でもおかしかったのかと私は何でもないと首を振る。潤ちゃんにすればお母さんのことでも考えていたのだろうと思ったらしい。
「まだ急には切り替えられないよな」と私の心中を察してくれる。若干心中違いだったけど。
その後、家まで送ってもらった。お母さんが居なくなることで家の前まで送ってもらえるようになるとは気分も複雑だけど、夜は冷え込むようになったので待ち合わせの場所まで歩かなくて済むのは私としても助かる。
「寄っていく?」
「いや、今日はこれで帰るよ。準備もいろいろあるから」
車内で唇を合わせてから私は玄関の前で潤ちゃんに小刻みに手を振った。
休み明けの火曜はこれまでとは何か違う気分だった。テキパキと身体が動く。お陰で閉店時間までがあっと言う間に感じた。
「なんだか、今日の由佳理はキレが良かったね。何か良いことでもあった?」
「いえ、特には気のせいなんじゃないですか」
「そうかな~。でも忙しく動いてれば辛いことなんかも忘れられるかもしれないしね」
狭苦しい更衣室で茜さんが話す。確かにそんなメリットもあるかもしれない。特に今日は夢中で動き回ったので、お母さんのことも潤ちゃんのこともあまり考えなかった。
水曜日もほとんど一緒で気が付けば閉店時間だった。
「明日は休みなんだよね?」
「ええ。また喫茶店にでも行ってのんびりしてきます」
カランコロン♪
自転車を店の前に止めるといつものように扉を開ける。すぐに雪子叔母さんと目が合い、誘われるままカウンター席へと歩き座りかけた時だった。背後から鐘の音が聞こえたので何気なく振り向いた私は目を見開く。
聡子さんが立っていたからだ。私を見たまま動こうとしない聡子さんは、
「ちょっといいかしら?」と奥のテーブルに指を差す。
何か話があるんだろうと私は雪子叔母さんに目を向けた。
「聞き耳立てちゃ悪いけど、私も様子を伺ってるから――」
誰にも聞こえないようそっと私に忠告して大きく一度頷いた。
「すみません。ホット二つ」
聡子さんの声が聞こえる。私はその声の元に歩を進め椅子に腰を下ろした。
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