第125話

「でもその三角関係は根深いですね。いっそのこと赤ちゃん作っちゃうってのが一番なんじゃないですかね。そうしたら相手だってもう文句は言わないでしょ」


 梨絵の言うことは日に日に強く感じている。茜さんの言うように最終手段。卑怯な感じもするけど、聡子さんを黙らせるにはこれしかないという方法だ。できちゃった婚って言っても、それを報告する人も今は居ない。兄貴はともかくとして。


 梨絵が帰ってからはカレンダーをじっと眺めていた。昨日で生理は終わった。そこから計算すると再来週の日曜あたりが絶好のタイミングになるはず。潤ちゃんに大丈夫だからと言ったら不審がるだろうか。そもそも童貞だったんだからそこまで女のメカニズムに詳しいとも思えない。


 騙すのは気が引けるけど、結果良しなら潤ちゃんだって喜ぶに違いない。そんなことを考えてたら電話が鳴った。潤ちゃんだった。



「‥‥もし‥もし」


 何か考えていることを悟られたようで声がぎこちなくなった。


《由佳理?由佳理だよね?》


 咳ばらいを一つして、喉の調子が悪いと話す。一応風邪ではないことを付け加えた。


《なら良いんだけどさ。違う人が出たのかって焦っちゃったよ》


「そう?でも今はこの家私一人だから、って言っても時々『花梨』のママというか雪子叔母さんが来ることはあるけど。いろいろ面倒見てもらってるの」


《そうか。じゃ安心だな。それで来週早々に急に出張することになっちゃってさ。だから由佳理の休みの月曜日辺りに飯でも行かないかって》


「そう、大変ね。じゃ月曜は家で待ってるから――」


《わかった。仕事終わったらまっ直ぐ向かうよ》


 電話はそこで切れた。



 土日の慌ただしい時間を乗り切って、眠気眼で菓子パンを食べていると車の音が聞こえる。時計を見ると十時になるところだった。やがてガラガラと玄関の扉が開き、雪子叔母さんが顔を見せる。


「あら?今、朝ごはんなの?昨夜遅かったの?」

「ううん。ちょっと仕事が忙しくて――」


 疲れている割には寝るのも遅くて結局朝起きられない。学生の時とあまりこういうところは変わらない。強引にパンを押し込むと私も手伝うからと腰を上げる。さすがにゆっくり寝転ぶわけにはいかない。雪子叔母さんが居たのは午前中の二時間。午後から夕方までの時間はのんびりと過ごした。


 外に車が止まる音が聞こえたのは外が真っ暗になってからだった。それからトントンと玄関を叩く音がする。


 あらかじめ身支度を済ませていた私は潤ちゃんを招き入れることもなく、助手席に乗り込むと白いブルーバードは夜の町へと走り出た。

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