第124話

「ホント、このナポリタンって美味しいです」


「そう?ありがとう。そうだ。ちゃんと朝ご飯とか食べてる?」



 在り来たりの会話をしていると、鐘の音がして背後から声が掛かった。下柳さんだった。


「おーっ!由佳理ちゃんじゃないか。久しぶりだな。ママから聞いたよ。大変だったね」


 思いついた言葉を次々と並べた下柳さんは私の隣に腰かけ私と同じものをと雪子叔母さんに言った。


「あら?お昼まだでしたの?」

「仕事がずれ込んじゃってね。それでママの顔でも見ながらって――」


「また、どこでもそんなこと言ってるんでしょ?」

「いやいや、言ってると言われれば言ってるか」


 下柳さんは屈託のない笑い声をあげる。


「そういや、お葬式にも顔出せなくて悪かったね。本当なら線香の一本でもあげに行かなくちゃって。ま、代わりと言っちゃなんだけど、今日は俺が御馳走するから」


 そう言って雪子叔母さんに目配せした。


「そんな!気を遣ってくれなくても――」


「由佳理ちゃん。せっかくそう言ってくれてるんだから今日はお言葉に甘えて。なんて言いながらもう伝票は一緒にしちゃってるんですけどね。きっと下柳さんのことだからそう言うんじゃないかなって」


「おいおい!付き合いが長くなるのも考え物だな」


 私と雪子叔母さんを交互に見つめながら下柳さんは参ったなと声をあげた。この店は本当に居心地が良い。



 『花梨』を出てからは家電量販店に立ち寄ってみた。お目当ては衣類乾燥機だ。これがあれば洗濯は格段に楽になると期待して行ったのだが、一般家庭には普及していないのか商品そのものが置いてなかった。しばらく部屋の中に干すしかないってことか。帰り道のペダルは追い風なのになぜか重かった。



 帰宅して一時間くらいした時、玄関の扉が開いた。


「先輩いますか?」


 梨絵の声が聞こえた。


「鍵開いてて留守はないでしょ。私しかいないんだから」


 そうかと梨絵は苦笑を浮かべて仏壇へと向かう。お線香をあげてから教習所の帰りだと話した。


「そっか~!もう行ってるんだ。今どの辺?」


 潤ちゃんの車を運転して以来、全くハンドルを握ってない私なのに、懐かしさのあまり先輩風を吹かす。やれS字がどうだとか、誰々の教官が良いとか悪いとかで話が盛り上がる。ひとしきり笑ってから、私は「そうだ」と言って梨絵に封筒を手渡した。



「いろいろあってすっかり忘れちゃってた。これ紗枝ちゃんからもらった写真」


 梨絵はそれを見て表情を緩ませる。私と同様にあの頃という時間でも思い出しているのだろう。


「よく撮れてる。なんだか皆ビキニ姿で眩しい。あとでお礼の電話入れておきますね」


 食い入るように眺めてから封筒に写真をしまうと、


「先輩、八神さんとはその後どうなってます?」と梨絵が表情を変えて訊いてきた。


「う~ん、うまくいってるっていえば、いってるかな」


 ここでも歯切れの悪い言葉しか出ない。それからある程度掻い摘んで梨絵に話して聞かせた。もちろん気を付けた方が良いとジョーのことも付け加える。



「カッコイイだけじゃなかったんですね?」


「見た目はモデルって感じだったんだけど。でもそんなろくでもない人だとは思わなかったから用心しなよ。梨絵ちゃんなんかいい男に弱いんだから」


「それって先輩の話じゃないんですか?」


 私は返す言葉が無くて苦笑いを浮かべるだけだった。

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