第121話

 仕事は休まずに行った。休んでメソメソしているとお母さんに怒られるような気がしたからだ。兄貴も学校が終わるまで家のことは頼むと言って岡山に帰った。これから兄貴が休みか何かで帰って来るまではずっと一人だ。話し相手も居ない。


 一人が気楽だとお母さんは言ったけど、今はなんだか寂しい。それを気遣ってくれたのだろう。二日に一回くらいは雪子叔母さんが顔を見せてくれた。作ったおかずを持って来たり、お店であったことなどいろいろ話していってくれる。これだけでも私には心強い。



 潤ちゃんが初めて私の家に来たのは、十月の終わりの月曜日だった。


「すぐに分かった?」


 ああ、と答えてから潤ちゃんは真っ先に仏壇に向かった。お線香の火を掌で払ってから静かに手を合わせた。数分もの長い時間だった。


「だいぶ長かったみたい」


 私の声に潤ちゃんは優しそうな笑みを漏らす。


「いろいろ伝えることがあったからさ」

「どんなこと?」


「いろいろさ」


 それ以上は答えないと煙に巻いてから、


「そういえば、感じの良さそうなお兄さんだったね」と思い出したように潤ちゃんは呟く。

「兄貴の方も印象が良かったみたい」


 二人で少し話しているシーンを思い出した。


「俺より下になるんだっけ?」

「そう。一個下かな。年下のお兄さんってどう?」


「どうって‥‥言われてもな‥‥」


 現実味が薄いのか出るのは苦笑だけだった。その後、私の部屋が見たいと言って移動した。初めて見せる私の部屋。なんだか照れ臭い。腰を据えてから潤ちゃんは口を開いた。


「実は、遺影のあるところじゃどうかなって思って、場所を変えたんだけど‥‥」


 言葉の様子から軽い話じゃないと私は表情を引き締めた。


「お葬式のあとで一度聡子に会ったんだよ。家に来てドアを叩くからもしかして由佳理だと思って慌てて出たら聡子だった。あいつはいつも来ると私とか潤とか言うんだけどさ」


 以前、私が居る時に来た光景を思い出す。


「そしたら川島さんじゃなくて残念ねって、嫌味言いやがってさ。思わず何の用だって言ったら目を吊り上げて部屋に上がり込んで来て――」


「あの時もそうだったわね」


 ああ、と潤ちゃんは目線を上にあげる。


「それで俺の様子がおかしいと思ったんだろ。だから由佳理のお母さんが亡くなったって話したんだよ。一瞬神妙な顔したけどな。それでお気の毒だから川島さんの面倒を見てやってと私が言うとでも思った‥‥だってさ。良いのが出るよな。それで俺はちょっとムカッとしたんでお前誰かに何か頼まなかったかって訊いたんだよ。ジョーって奴だって」



「そうしたら聡子さんなんて?」


「案の定知らないって、しらばっくれたよ」


 そこで潤ちゃんはポケットから煙草を取り出してから、慌ててそれをポケットに戻した。「良いのよ、吸って」


 一度兄貴の部屋まで行って灰皿を持ってすぐに戻った。テーブルの上に置くと潤ちゃんはしまった煙草を取り出し火を点けた。

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