第120話
普段忙しく仕事ばかりしていたためお母さんの最近の写真は全くなかった。祭壇に置かれた遺影は私が高校に入学した時に友達が写してくれたもので、小さい顔を無理やり伸ばしたのでかなり写真がボケている。それでも写真があっただけ良かったのかもしれない。
黒服に包まれた潤ちゃんの姿もあった。結局、お母さんに紹介することも出来なかったと思うと、堪えていても涙があふれ出た。でもきっと良い報告をするからと遺影に誓った。
―――「それにしても母さんらしかったな」
すべての行事を済ませ居間でぼんやりしていると兄貴が天井を見つめるように呟いた。
「バタバタ働いてバタバタ逝っちゃったもんな」
ゆっくりするのが性に合わない。まさにお母さんらしいとも言えると私も表情を崩した。これからは私をお母さんだと思ってと、雪子叔母さんは言ってくれた。ホントにありがたい言葉で元気づけられた。
遺品の整理をしている時だった。タンスの中から封筒が出て来た。封筒の表には『由佳理車代』とお母さんの字で書かれている。中には三十数枚の一万円札が入っていた。私はそれを見てまた号泣した。
一生懸命に働いてその中から少しづつここに入れたのだろうと思うと、泣く以外には何も応えることができない。
「そういえば、俺には少しだけ話したことがあるんだ。由佳理には黙ってろって」
「‥‥そう」と言って私はまた封筒の文字を見つめた。
「大事に使えよ」
分かってると言ってから私はそれをタンスに戻した。
「でも‥‥今はまだ使えない。気持ちだけ受け取っておく」
「そうか」と兄貴が呟く。
一つしかなかった翼がこれですっかり折れてしまったと思ったけど、お母さんの私への思いが辛うじてそれを食い止めている。だから傷ついただけ。まだまだ羽は動かせるからきっと飛べる。
仕事を再開したその日、茜さんが仕事を終えてから自宅に来てくれた。
「ごめんね。お葬式にも出られなくて」
私は頭を振る。
「そんな。お店が開いてるんだからしょうがないですよ」
茜さんは仏壇に線香を立てて手を合わせていた。
「くも膜下出血って言ってたっけ?」
「ええ。時々頭が痛いなんてことは言ってたんですけど、薬飲んでれば治るからって」
「そう。頑張り屋のお母さんだったんだね」
そんな話をしている時、数台の車の音が聞こえて、それから玄関を叩く音がした。店長の杉山さんと山本さん、それとピットの元木さんと横山さんだった。
「おっ!やっぱり桑子の車だったか」
「凄いね、店長!みんな連れて来たんだ」
「あったり前じゃないか!」と杉山さんは後ろを振り返る。私はその心遣いにたまらず涙を零した。
「あ~あ、泣かせちゃったよ、店長」
茜さんの冗談に店長はバツが悪そうな顔を浮かべ、お線香をあげてくれた。
「もし、精神的に辛いことがあったら、遠慮しないで休んだっていいんだからな。その時は桑子に二人分頑張ってもらうからさ」
「あっ!またそんなこと言って、もしかして給料も倍ですか?」
茜さんの言葉に耳も貸さないと杉山さんは、他の人にそろそろ行こうかと腰を上げる。
「ったく、聞いちゃいね~よ」と茜さんは苦笑した。
こんなにも温かい人たちに支えられているんだよと私は遺影に向かって笑いかけた。
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