第119話

 普段こんな運転をするのかというくらい、雪子叔母さんの車はスピードを伴っている。


 焦りのような気持ちが横から伝わってくる。私の身体も緊張に包まれている。



「仕事の帰りに自転車に乗っていて急に倒れたって、見ていた人が言ってたらしいの。それでただ事じゃないと救急車を呼んでくれて病院に運ばれたんだけど―――」


 雪子叔母さんは早口でまくし立てた。


「今まで仕事だったの?」

「ううん。ちょっとお店の人とご飯食べに行ってて‥‥」



 まさか正直には話せないと私は思いついた台詞を口にする。


「そう。それで保険証とかで家に連絡したらしいんだけどね。電話しても出ないからってどう調べたのか私のところに電話が来て、お客さんも居なかったからお店閉めて由佳理ちゃんのお店に向かったんだけど、もう閉店した後だったみたいで。一回病院に行ってまたもどって来たところだったの」


 雪子叔母さんがあたふた駆けずり回っていた時に私は何をしていたんだろうって思うと申し訳なさで一杯だった。


「すみませんでした」

「いいのよ。そんなことは‥‥‥それでね」


 雪子叔母さんの声が裏返ったような気がして目を向けると顔が歪んでいるように見えた。


「叔母さん!ちょっと出し過ぎなんじゃ?」

「あ‥‥そうね」



 雪子叔母さんはそこで一旦アクセルを緩め息を吐き出した。


「先生から話は聞いたんですか?」


「ええ‥‥少しね。そうそう、お兄さんとこの電話って分かるんでしょ?すぐに帰ってくるように連絡して!」



 言葉の内容からしてもその深刻の度合いが受け取れる。私の心臓はドクドクと音を

立てるようだった。握った手に力が入る。今すぐ車から降りて駆けだしたいくらいだ。


 

 お母さん待ってて‥‥今行くからね。


 病院にたどり着くなり雪子叔母さんと一緒に形振り構わず走った。




―――「どうしてもう少し待っててあげなかったのよ!」



 雪子叔母さんがお母さんに大粒の涙を零しながら怒鳴りつけた。白い布切れを掛けられた姿に私は呆然となった後で血の気を失い倒れそうになった。それを近くにいた看護婦さんが支えてくれた。泣こうと思っても声が出なかった。お母さんの亡骸に縋りついた後で、膝から床に崩れ落ちた。



 どうして‥‥どうして‥‥。考えても答えなど見つかるはずも無かった。


 夜行とタクシーを乗り継いで明け方近くに兄貴は帰って来た。事の次第を告げられていたからか表情はいつもの兄貴ではない。私は顔を見るなり兄貴の胸に飛び込んだ。


 それからはただただ慌ただしくて感傷に浸ってる余裕などなかった。不慣れな子供たちを心配してくれた雪子叔母さんと旦那さんがあれこれと手配を進めてくれる。私達はそれのお手伝いと言った感じで兄貴もテキパキと仕事をこなした。


 お葬式にはたくさんの人が来てくれた。


 妹分の梨絵は制服姿で。学校の友達の顔も見えた。友子や美幸、京子。それと里美先生も来てくれた。会社からは店長の杉山さんが代表として、さらにはお母さんの職場の方たちもたくさん焼香に来てくれた。


 忙しいのにと私は深々と頭を下げた。お線香の匂いに包まれながらいつまで続くのかという読経を耳にしている。


 何かの呪文のように頭に響くだけで頭の中が整理できない。

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