第118話

 再び二つのチェリーを転がされ大事な部分に手が触れた時にはあまりの衝撃で私は軽く飛んだ気分になった。身体全体が風邪でも引いたように熱を発している。


 特にあの部分は自分でも恥ずかしいくらいになっている。


 それを確認した時、潤ちゃんは私の耳元に声を掛けた。



「アレ‥‥無いんだけど」


 整い過ぎた準備に水を掛けるような台詞だったけど、このまま終わるわけにはと瞬時に私は頭にカレンダーを思い浮かべた。学校の数学と違ってこんな計算は素早かった。



「いいの‥‥‥今日は大丈夫だから」


 暗がりの中でも戸惑った表情が伺えた。カーテンからの淡い光が潤ちゃんの目を照らす。決意した瞳に見えた。それから潤ちゃんはトランクスを脱ぎ、私の上に重なって来た。私自身が潤ちゃん自身を感じる。


 触れている。


 私は自然を装って位置を合わせた。直後私の脳に電気が流れ足がブルブルッと痙攣した。忘れていたような感覚。それとも初体験なのかと大きく口を開けて息を吐き出した。潤ちゃんの息遣いが耳に届く。


 一つになれた喜びは想像以上だった。思わず口を押さえ声を殺す。何度かリズムを感じた時だった。


「由佳理‥‥もう」と潤ちゃんが言葉を絞り出す。私は黙って頷いた。それを合図に潤ちゃんが身体を揺らす。その直後だった。私の身体に潤ちゃんの温もりが広がる。一定のリズムで何度も。二人で息を切らした。



 私から潤ちゃんの重みが去り、横に倒れ込むように寝転んだのを見て、私は汚してはいけないとベッドのところにあったティッシュを数枚抜き取って挟み込んだ。そして、その箱を今度は潤ちゃんに差し出した。


 箱と私を交互に見て理解した感じだ。ありがとうと言って数枚抜き取った。



「こういうのは男がしなくちゃいけないのにな‥‥」


 照れ臭そうに言って潤ちゃんは私の隣で天井を見上げている。それから少しして自嘲気味に笑い始めた。



「隠していてもいずれバレるだろうし‥‥‥。笑ってくれよ。今日が実は初めてなんだ」


 もしかしたらと私も感じていた。でも素直に言ってくれたことが嬉しかった。



「笑ったりしない‥‥‥それを言ったら私だって同じよ。初めてじゃないんだから」


「そんなこと‥‥。どっちかと言えばそれでうまく出来たような気がするから俺としては助かったかもしれない」


 無事に男になれたという安堵が声に込められていた。


「もし‥‥何かあったとしても俺は逃げたりはしないからさ。ちゃんと責任は取るつもりだから」


 それを聞いて私は潤ちゃんに飛びつくように唇を重ねた。もうこれで友達は卒業だ。



 潤ちゃんにお店まで送ってもらって私は自転車で家に向かった。肌寒い風が今夜に限っては心地よくも感じる。きっと駐車場で耳にした恋人という言葉を実感していたからだろう。軽いペダルをスイスイと漕いだ。


 家が見えた時だった。一台の車が止まっていることに気付く。ヘッドライトを点けたままエンジンの音が聞こえる。近くまで行くと私を確認して慌ただしくドアが開いた。



 雪子叔母さんだった。


「由佳理ちゃん。どこに行ってたの?すぐに車に乗って!」


 ただならぬ様子に私はすぐに自転車を止め助手席に滑り込んだ。




「お母さんが‥‥倒れたのよ」


 私の絶頂だった幸せがここで遮断された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る