第117話

「実は以前あいつを見たことがあるんだ」

「え?知ってる人?」


「いや、知り合いとかじゃなくて、たまたま見ただけっていうのか。雰囲気が変わってたから人違いだろうって思ったんだけど、顔の傷を見て確信したよ。あの傷は聡子が付けた傷だ」


「聡子さんが?」


「以前、俺が呼び出されたって話しただろ。その時、あいつも呼ばれたみたいで居たんだよ。カッコいい奴だななんて見てたんだけどさ。どういう話の流れなのか、いきなり聡子があいつの顔面蹴り上げて―――。どんな悪さをしたのかは知らないんだけどさ」


 もしかしてと私は茜さんから聞いた話を潤ちゃんに話した。


「お店の人が?‥‥世間って狭いんだな。ジョーか‥‥名前もカッコいいんだな。ひょっとして『やり逃げジョー』か?」


 不意に浮かんだ言葉を口にした途端、車が僅かに揺れる。動揺が手元に伝わったのだろう。


「お店の人も間違いないって」


「その噂なら俺も聞いたことがあるよ。最後はどこかに消えたとか‥‥‥。言ってみれば顔の傷くらいで済んだんだからあいつも聡子に借りがあるって‥‥」



 潤ちゃんがハッとしたようにこちらを向く。


「ま‥まさか」


 いくらなんでも考え過ぎだと言って否定したものの、奇妙なまでに話が一つに繋がるような気もする。


「確かにただの偶然が重なっただけかもな‥‥‥」


 そうあって欲しいと私も口を噤んだ。ロードノイズが数秒続いた。


「いけないのは私よ‥‥‥あんな人に気持ちを惑わされたりして―――」



 唇を噛むようにして私は俯いた。それから思いを口にした。




「潤ちゃん‥‥‥抱いて」



 タイヤのノイズにかき消されてしまいそうな声でも耳に届いたのだろう。ウインカーを点けて車を道路の端に止めてから潤ちゃんは私の顔を横目に見る。


 まるでその台詞がスイッチだったかのように私の身体は上気し出した。その時、確信した。


 今夜しかないと。


 黙ったまま潤ちゃんは再び車を走らせた。私にはそれが了解のサインだと思った。車はやがて潤ちゃんのアパートにたどり着く。しかし、いつもの場所には止めず、アパートの裏側に回った。車一台がなんとか通れるほどの狭い場所だった。



「ここでワックスを掛けることがあるんだよ。ここだと日陰になるからさ」


 潤ちゃんはそう説明してくれたが、今夜ここに止めた理由は別のことだと私にも理解出来た。


 外階段を上って部屋に入る。そして私達は唇を激しく重ねた。明かりを点けない理由も訊く必要はなかった。私の上着を脱がしてから潤ちゃんもシャツを脱いだ。アパートの外の灯りがワーテン越しにぼんやりと互いの姿を映す。


 このくらいの灯りで良かったと思った。どんな下着だったかすっかり忘れていたからだ。


 トランクス一枚になった潤ちゃんに合わせるように私はパンツルックを下ろした。それからまた唇を重ね舌を絡める。と同時に私の下腹部に固いものが触れた。


 倒れ込むようにベッドに横になると、潤ちゃんの手が私の胸やお尻に移動する。それだけで声が出そうになった。誰も居ないと装っているのだから声だけは出すまいと唇を噛む。


 やがて背中に手が回る。ホックを外すのには多少の時間が掛かった。外れたブラをベッドの下に落とすと潤ちゃんの手と唇と舌が私の胸に集まった。


 出そうな声を堪えながらも私の身体は弓なりに反応する。


 ショーツに手が掛かった時、私は抵抗とばかりにお尻を下げた。すんなり腰を浮かしては女の価値が下がるからだ。


 その後、もう一度手に力を感じた時、私はほんの僅か腰に力を入れる。


 早くも遅くもないスピードでショーツは足首まで下りて行った。

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