第116話

「大変な?‥‥」


「そう。あの派手なやり方で思い出したんだよ。あいつは確かジョーって言うんだ」


「ジョー?茜さんの知ってる人だったんですか?」


「直接は知らないけど聞いたことがあってね。一時期噂になってた。『やり逃げジョー』って」



「やり逃げ?」



 あまりに衝撃的だったので私は目と口を開いたままになってしまう。


「とにかく女好きでさ。見た目があんなだからコロッといっちゃう女が多いみたいで、それでやることやったら逃げちゃって、私が知ってるだけでも三人くらい妊娠したって話だよ」


「三人も‥‥。それでその人たちは?」


「とりあえず堕ろしたって‥‥あ、違う。一人生んだ子が居るって確か。それで子供を連れて行けば気が替わるんじゃないかって思ったらしいんだけど、その時はもうこの町にというか行方知れずで―――」


 それを聞いて身体が震えてくる気がした。私は床に視線を落とす。


「でも、またなんで急にジョーが‥‥。由佳理、もしかしたらこれになってたところだよ」


 茜さんはそう言ってお腹の前に掌で曲線を描いた。見ているだけでゾクッとした。もしもあそこで潤ちゃんが来てくれなかったらどうなっていたのか。それよりも自分の意志の弱さも痛感させられた。


「だけど、あれだけいい男だからね~。騙される女の気持ちもわかるような気がするよね」


 あっけらかんとした声が私の心を励ましてくれたようにも思う。


「やっぱり、茜さんでもいい男って思いますか?SAよりも?」


「冗談はやめてよ。前にも話したでしょ。昔ちょっといい男が居たって話。それがあいつなんだよ」


 そう言えばそんなことを聞いたような覚えがあると頬を緩ませて更衣室を揃って出ると、横沢さんが親指を立てて待っていた。



「駐車場で白のブルーバードが待ってますよ」


 横沢さんの声に茜さんは私のお尻をパシッと叩く。今のは痛かった。でも小走りで外へと向かう間に痛みは忘れていた。


「ずいぶん待った?」


 車に乗り込むなり私はいつもの口調で訊いた。嫌、と言いながら潤ちゃんは左右に顔を振る。すぐに車は動き出した。それからしばらく車内は静かだった。


「ごめんなさい」


 沈黙を破るように私が口を開く。弱々しい声でも思いの外よく声が通った。


「何が?」


 潤ちゃんが前を見たまま応える。


「私‥‥つい花を受け取りそうになっちゃったから」

「もういいよ。花をプレゼントされれば受け取りたくもなるだろ」


 怒っているわけでもない優しい口調だ。


「でも、付き合ってくれって出されたのよ」


 一瞬、私を見る視線を感じる。


「潤ちゃんがあの時来てくれなかったら――」


 だからと続けようとすると潤ちゃんが片手で言葉を制した。


「あれだけの二枚目だからな。奪われるのは悔しいけど―――」



 いったんそこまで話してから、潤ちゃんは言葉を探すかに黙り込んだ。


 すぐに言葉は続いた。

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