第122話

「お兄さんも吸ってるんだな。ちょっと安心したよ」と煙を上に吐き出す。


「どこまで話したっけ?あ‥‥そうだ。お前が顔に傷をつけた男だって言ったら、傷をつけた男なんて何人もいるからわからないだってさ。だから言ってやったんだよ。あんな俺以下のブ男じゃ由佳理は口説けないって」


 潤ちゃんは得意そうな笑みを浮かべて私を見る。もちろん冗談だというのはすぐに分かった。


「そうしたら、潤っていつからそんな自惚れやになったのって呆れた顔してさ。あの女と付き合うようになったからじゃないの。あれよりまさか自分が良い男だと思ってるんじゃって、そこまで言って聡子も気付いたらしくて―――」


 誘導尋問に引っかかったとばかりに潤ちゃんは口角を上げる。


「もっとも追求したところで大抵の男は俺よりいい男だなんてぬけぬけと言うだろうし、俺も反論は出来ないだろうから、その話はそこで終わったんだけど、考えたら俺にも非があるよな。前に由佳理がどこで働いているのかって、ちょっと訊かれて話しちゃったからさ‥‥それでここからがちょっと重要というか言い辛い話になるんだけど―――」


 これまでも決して軽くはないと思っていただけに、私はやや目を見開いた。



「別れてくれって‥‥言いに来たの?」


 今度は潤ちゃんが目を見開いた。


「何を急にバカなことを。そんなことは言うはずないだろ。それとは逆のような話を聡子にしたんだよ。由佳理と結婚するかもしれないって」


 はっきり言ってくれたんだと僅かだが心が跳ねた。でもその後の展開が気になり笑顔にもなれないでいる。


「結婚って言ってからしばらく黙り込んでたけど、恩を仇で返そうって言うのねって急に涙声になるから俺もちょっと驚いたというか‥‥。だからあの時助けてもらったことは忘れてないし、恩義を感じてるって―――」


 そこで潤ちゃんは煙草を丁寧に灰皿でもみ消した。言い辛そうな言葉をどう話そうか迷ってるようにも見える。



「それから聡子がこう言ったんだ。私が話をする程度で、はいそうですかって納得するような相手だと思ってたのかって。それで最終的には身体で払えってことになったらしくて」


「‥‥身体で」


 ポツリ呟いた後で聡子さんの顔が浮かんだ。


「あんな奴に抱かれるのは嫌だったけどそれで潤が助かるならって―――。結局、聡子はOKしたらしいんだ。もちろんコンドームを着けるって条件で。そうしたら相手は着けた振りして着けなかったらしくて‥‥聡子は妊娠したって」


 潤ちゃんの声は尻すぼみになっていく。無理もないと私は視線を落とした。


「それで‥‥赤ちゃんって?」


「‥‥堕ろしたって」


 てっきりあの勢いで話を収めたのかと思っていた。まさかそんなことがあったなんてと私は黙ったまま考え込んでいる。


「そう‥‥‥聡子さんは身体を張って潤ちゃんを守ってくれたのね。それで潤ちゃんは今こうして元気でいられる―――」



 やっとの思いで口から出たのは聡子さんへの感謝にも似た言葉だった。

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