第114話

 日曜日は開店時間に合わせたかのように何台かの車が駐車場に入って来る。天気のいい休日に愛車の手入れでもするのか、洗車用品やワックス、そして若いお父さんとお母さんがチャイルドシートなどを見ている。


 私は接客しながらも、いつの日かこんなシートを使う日が来るのだろうかと思ったりもしていた。慌ただしく動いていたため、すっかり夢の話も頭から消え去っていた。


 閉店まであと四時間と確認した時だった。ピットの横沢さんがレジカウンターまでやって来た。


「川島さん。車のことで何か訊きたいって。黒のスカイラインのお客さんが――」


 その車種を聞いてドキッとした。それから近くに居た茜さんにポツリと漏らした。



「前に言ったハンサムな人かも」


 茜さんは目を少しばかり大きく広げる。明らかな期待の目だ。それを証拠に、

「私もついでに拝ませてもらおう」と言って後ろから着いてきた。


 外に出た途端、私に気付いた長身の男性が手を挙げる。やはりあのハンサムな男性だった。さり気ない笑顔に導かれるように歩を進めながら、一度背後に視線を送る。茜さんは入り口のところに立ったまま男性を見ていたが、その表情からまんざらでもない様子。


 きっとあとでSAの上を行くとでも話すのではないだろうか。


「お呼びでしょうか?」



 私は営業プラスαの笑みを浮かべて近付いていく。すると男性は助手席を開けてそこから真っ赤なものを取り出した。バラの花束だった。


「あなたに一目惚れしました。ぜひボクと付き合ってください」


 言いながら男性は私の前に片膝を着く。予想もしなかった出来事に私は呆気にとられたまま動けなくなってしまった。こんな衝撃的な告白なんてされたことがないのだから当然だ。


 男性はじっと私の目を見ている。戸惑いつつも吸い寄せられそうになる一歩手前で堪えて周囲に目を向ける。派手なパフォーマンスに何人かのお客さんもピットの横沢さんも元木さんも釘付けになっている。


 もちろん茜さんも。


 ただ、浮かれたようにしていた茜さんは急に何かを考え込むような難しい顔つきになっていた。


「そんなことされても困ります」


 バラの花はぱっと見、十本くらい。決して抱えきれないほどでもなく、大袈裟過ぎないところも自然な振る舞いに映った。


「ボクはすっかり君のことが好きになってしまった。これを受け取ってOKという返事を見せて欲しい」


 こんな素敵な男性にここまでされて拒否できる女性がいるものだろうか。私は嬉し恥ずかしという表情を浮かべたまま、まるで魔法にでも掛かったように手が前へと動く。


 ただのプレゼント。有難くもらって男性の膝を地面から離れさせてあげたい。


 でもそれを手にしたらOKってことになってしまうのか。だとすると違った形での三角関係‥‥‥。



 不意にその言葉に視線を逸らした時、駐車場に白いブルーバードが入って来るのが見えた。

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