第113話

 こうなったら潤ちゃんに直接話すしかない。そう思ってもこのところ頻繁に出歩いているので、お母さんを一人にしておくのも申し訳ない。


 一人は気楽だというけど、兄貴が遠くへ行ってる今、この家には二人しかいないのだ。ましてやお母さんも私も働いているから夜と朝の僅かな時間しか話すことが出来ない。


 やっぱり電話にしようかと考えている間に時間ばかりが過ぎて行き、あっと言う間に土曜日になっていた。


 指に馴染んだ番号を回し受話器を耳に当てる。鳴り続ける呼び出し音ににわかに覚えた不安を潤ちゃんの声がかき消してくれた。ちょうどトイレに入っていたのだと息を切らしている。慌てて出てくれたのだろう。二人して笑った。



 声を聞けた満足からか、このまま黙っていようとも思ったが、気が付くと夢の話が出ていた。


《俺と聡子が結婚の挨拶って?》


 突飛な話に驚きながらも潤ちゃんは有り得ないと声を出して笑う。


《そんなことになったら太陽が西から上るって―――》

「‥‥そうよね」


 安心したように呟いても私の口調は歯切れが悪い。


「でも凄く生々しくて最後は叫んで起きちゃったらしいの。だからお母さんが慌てて入って来て―――」


 その光景でも想像したのか潤ちゃんは呆れたようにまた笑った。



《よっぽど凄い夢だったみたいだな》

「だって、聡子さん妊娠していたのよ。潤ちゃんの子供を」


 そう言った途端、受話器から何も聞こえなくなった。もしもしと私は潤ちゃんを呼ぶ。


《あ~、聞いてるよ。ちょっと驚いちゃってさ。でも夢は願望の表れとも言うだろ?》



 私はそれを聞いて思わずダイヤルをグイと回した。


 ツツツツツ‥‥。



 聞き慣れない連続音が私の気持ちだと察したのか、潤ちゃんは慌てて否定した。


「今度、嫌なこと言ったら切っちゃうから!」


《ごめん。悪気というか、そんな話を聞いたことがあるなってだけで》


「だから、正夢にならないように誰かに話した方が良いって」


《あ、それって聞いたことがある。あとは布団の中で夢を見た後で何か唱えると良いって聞いたこともあるよ》


「もう、今朝の夢なんだから――」


 呆れたように呟いてから私の耳に何か聞こえたような気がした。


「なに?他に誰か居るの?もしかして聡子さん?」

《いや、俺しかいないよ。何か聞こえた?》


「なんとなく‥‥聡子さんが笑ったような気がして」

《夢の影響なのかな~。そんなに心配なら見に来るか?自転車に乗って》


「そんなこと言ったらホントに行っちゃうから!」



 万が一ということも過ったのか、潤ちゃんは慌てて私を宥めた。ひとまず夢のことも話せたし、優しい声も聞けたと私は受話器を置く。


 不安が消え去ったわけじゃないけど、明日は日曜で忙しい。


 今夜のところはゆっくり寝よう。

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