第112話
―――「御免下さい」
何時ごろだったのか、玄関から男の人の声がした。聞き覚えのある声だと私は部屋を飛び出し居間に向かうと、すでに男性は腰を下ろしていてお母さんもテーブルの向かい側に座って私を手招きした。
「今日は結婚のご報告に来ました」
ビシッとスーツを着て真面目な表情を浮かべる男性。潤ちゃんだ。紗枝ちゃん達が公認だと話したので自分もと刺激を受けたのか。私は唖然としながらもその素早い行動力に参ってしまった。
営業マンってやっぱり凄い。それにいきなり結婚だなんて、私を驚かすにも程がある。嬉しさと恥ずかしさで私は赤面して俯いた。
「そうですか。わざわざご丁寧に。良い話じゃないの。ね~由佳理」
私はお母さんの問いかけにコクッと頷く。もう幸せ過ぎて死にそう。
「それでこちらが婚約者の村上聡子さんです」
「え!?」となって顔をあげると、いつの間にか正面に聡子さんが座っている。はにかんだような表情を浮かべてまるで別人だ。あの鋭い眼光はどこへ行ったと私は唖然と口を開ける。
「由佳理の母です。あら!?ひょっとしたらおめでた?」
「はい。三ヶ月に入ったところです」
それを聞いて潤ちゃんが照れ臭そうに頭を掻く。結婚って言うかおめでたってどういうこと。私は三人の顔を交互に見る。すると聡子さんと視線が合った。
「由佳理さんには少し冷たく言ったりもしたけど、悪気があったわけじゃないのよ。ごめんなさいね」
「ボクも由佳理さんと過ごせて楽しかったよ。これからも良い友達でいてください」
聡子さんとは友達だって言っておきながら、結局やってたんじゃない。何が友達よ。子供なんか作られたらもう私はお払い箱。つまりは私が弄ばれただけ。
そんなのイヤ。
―――「イヤ~~ッ!」
ハッとして目を開けると、部屋の引き戸がスッと開いた。
「も~っ!朝から何大声出してるの!またケーキでも取られた夢でも見たの?もう子供じゃないんだし、徹も居ないんだから、そんな夢見なくたって――」
お母さんの声を聞きながら私の目は虚ろなままだった。夢と現実とが混乱してて、整理するまでに時間が掛かった。それから大きく息を吐き出す。
夢‥‥‥か。
どこか安心しながらも、生々しい夢は私を不安にもさせた。茜さんが言ってたように、もしかして私が知らないだけで聡子さんと潤ちゃんは身体の関係があるのかもしれない。
悪い夢はつまらないミスを生んだ。
水曜日のこの日。最近はすっかり無くなったレジの打ちミスを連発した。お客さんに指摘され平謝り。おまけに釣銭ミスと自分でも呆れるほど。つい頭を何度かポンポンと叩く。
「珍しいこともあるのね~。何かあった?」
茜さんに言われるのも当然だ。何でもないと言っても嘘がばれるので、とりあえず嫌な夢を見たとだけ話した。
「そう。けっこうリアルなやつってあるからね。私もSAが盗まれる夢見て飛び起きたことがあるんだけど、その日は仕事しながら一時間おきに車見に行っちゃったよ」
茜さんは笑いながらすぐに忘れるからと手を左右に振った。苦笑を浮かべながら悪い夢は人に話した方が良いと誰かから聞いたことを思い出していた。
放す。
つまりは話すことで正夢にならないのだとか。あいにく考えているうちに茜さんは接客に向かい姿を消す。
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