第111話

 芳香剤の置いてあるところまで来ると、紗枝ちゃんはいくつか手にとって匂いを嗅いでいた。それから、「これもらって行こうかな!」と私にそれを差し出した。


「も~!気なんか遣わないでよ。紗枝ちゃんの家の近くにだってこんな店あるでしょ?」


「いいの、これを車に置いておけば由佳理のこと思い出せるでしょ?」


 紗枝ちゃんの言葉にウルって来そうになって私は唇を強く噛んだ。


「だったら―――」


 私はそれを手にレジカウンターへと向かい、手早く打つと自分の財布からお金を出し、芳香剤を小さい袋に入れた。


「じゃ、これは来てくれたお礼というかお土産ってことで」


 出していた財布をしまうと紗枝ちゃんは、複雑な表情を浮かべながらもありがとうと言って袋を受け取った。


「それでこれからどうするの?」

「そうね~。どこかお昼でも食べてゆっくり帰ろうかなって」


「ごめんね。仕事じゃなかったら付き合ったんだけど――」


「気にしないで。由佳理が働いてるところを見たかったんだから。写真を渡したいってこともあったんだけど―――」



 店内で一時間くらい過ごしたあと、紗枝ちゃんは一度手を振ってから車を発進させる。その姿が無性にカッコよく映る。私は道路の傍に立ち、赤い車が見えなくなるまで手を振った。



「彼女、やるわね」


 気が付くと近くに茜さんが立っていた。


「ホント、あんなところから一人で来ちゃうんだもん」


 声のトーンに茜さんは私の顔を覗き込んだ。


「由佳理、泣いてんの?」

「泣いてませんよ‥‥別に」


「そう?でもそういうのは男の前で見せな」


 男なのか女なのか、茜さんはつくづく不思議だ。




 そろそろ家に着いてる頃だと夜の八時に紗枝ちゃんのところに電話を入れた。無事の確認とお礼を兼ねての電話だ。すぐに紗枝ちゃんの声が聞こえまずはホッとする。


 話は三十分くらいで終わった。それにしても往復十二時間以上とは恐れ入る。私には無理かもしれないと、白いフックスイッチを一回指で押さえてから、今度は潤ちゃんのところのダイヤルを回す。呼び出し音は一回だった。


「もしもし、私」


 私の名が耳元から聞こえる。気のせいか呼び方が自然になったようにも思える。紗枝ちゃんとの弾んだ会話の続きとばかりに、私の声も弾んでしまう。


「ご飯食べたの?」


《あ~、ちょっと前にね》


「またカップ麵じゃないんでしょ?」


 違うよと笑ってから、帰る途中で買った弁当だと話した。帰宅時間がいろいろの一人暮らしでは、なかなか自炊は難しいのだろう。私は潤ちゃんに今日の出来事を話した。それを聞いて潤ちゃんも驚きの声をあげる。そして感心したように女性の長距離ドライブを褒めていた。私もそれに相槌を打つ。


 それからさり気なく紗枝ちゃんと彼の付き合いが公認であることを話した。実のところ一番伝えたかったのはこの話だ。


 とは言え潤ちゃんからは特にこれという答えは帰って来なかった。


 キスぐらいじゃそんなものか。

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