第109話
何食わぬ顔で戻るとお母さんはクスッと笑う。なんだかお見通しって感じ。
「そうそう、実は私も明日デートなの」
忙しいお母さんがいつの間に。あまりの大胆な発言に私は目を見開く。
「な~んて言っても相手は仕事」
車を彼と言う人もいれば、仕事を彼と思う人もいる。驚きの目は若干和らいだものの、安心の度合いは複雑だ。
「もうお母さん、私ももう働いているんだから少し休んだって良いんじゃない?日曜だって仕事しているし、月に二日くらいしか休んでないでしょ」
「ずっとこんな調子だったからすっかり慣れちゃってるのよ。だから仕事してないと変な感じがするし、日曜はほらパートの時給も良いでしょ?」
最後に鍛え方が違うと胸を張ってお母さんは笑った。
「そんなことよりだいぶ寒くなって来たし、免許取っていつまでも乗らないと乗るのも大変だって聞くから、由佳理もそろそろ車を考えてもいいんじゃない。なんだったら雪子の旦那さんの知り合いが車屋さんに勤めてるっていうから訊いてあげても良いし、お母さんも少しなら援助してあげるから―――」
気持ちは嬉しいけど、お母さんの援助は気が引ける。あの豚の人と同じか、それ以下になっちゃいそう。だから、
「その時になったら相談するから」とだけ答えておいた。
布団に入った私はお母さんの言葉を思い出しながら車のことを考えていた。車があれば潤ちゃんのところに行っても今日みたいに震えて待つこともないはず。これからもっと寒くなる。今度行くことがあったらもっと厚着して行かなきゃ。
火曜日。
開店して三十分くらいした時だった。レジカウンターに立っていた私は、近付いてくる人の顔を見て息をするのを忘れそうになる。
「紗枝ちゃん!」
恥ずかしいくらいの声が出てしまい、慌てて周囲に目を向ける。店長も茜さんもこちらを見ている。時すでに遅しだ。
「来ちゃった!」
紗枝ちゃんはそう言うなりニコッと笑う。驚きと喜びを入り乱れさせて私は紗枝ちゃんのところに歩み寄った。
「えっ!?来ちゃったって、どうやって来たの?」
「車でだよ」
「車!?車買ったの?って彼も一緒なんでしょ?」
私の問いに紗枝ちゃんは首を振り、一人で来たのだと話した。
「一人?あそこから一人で運転して来たの?何時間掛かったの?」
「六時間ちょっとかな。朝の四時に出発したんだけど――」
聞いていて私は口を開いてしまった。次に何を訊こうと思っても言葉が浮かばない。
「二回も来てもらってるから今度は私が行かなくちゃってずっと思ってたの。ホントは亜実も連れて来たかったんだけど、亜実は東京だし。それで今日明日って有休取れたから、初のロングドライブに挑戦してみようかって」
「凄いよ!紗枝ちゃん!」
話したいことは山ほどあるけど、いつまでもレジの前で立ち話も出来ないと、紗枝ちゃんの手を引いた。
「こちらが店長の杉山さん!優しくてユーモア抜群の店長です。え~と紹介します。私の友達の紗枝ちゃんです」
言い終えると紗枝ちゃんは丁寧にお辞儀をして、初めましてと挨拶した。
「どうも。杉山です。ちょっと話が聞こえたんだけど六時間も運転して来たって――」
杉山さんは笑いながら紗枝ちゃんにどこからと場所を訊いてさらに驚きの表情を浮かべていた。
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