第107話
日曜の夜九時に潤ちゃんから電話があった。
《どう?仕事の方は忙しい?》
会話は在り来たりでも、潤ちゃんとこうして僅かな時間でも声を交わしていると疲れが取れるような気がする。穏やかで優しい声は時に眠気を誘うことだってある。耳に心地良いのだ。このところ頻繁に出掛けていることを心配したのか、月曜日のお誘いは無く、私もゆっくりするのも悪くないと思った。
そんな思いも月曜の午後になると変わっていた。悪戯心でも目覚めたように夕方私は自転車に跨った。ビックリさせようと、潤ちゃんのアパートに向かうことにしたのである。通い慣れたサクジョへと向かう道は久しぶりだ。スイスイと何も考えずに走っていける。
日中はあれだけ暖かかったのに、と私は身体に受ける風に改めて秋を感じた。暗くなる時間も早く途中からはライトも点ける。ウィーンと耳障りの音と共にペダルが心なし重くなる。
そう言えば‥‥。と私はペダルを漕ぎながら、潤ちゃんの仕事は何時に終わるのだろうと考えた。私のお店は七時。潤ちゃんは普通の会社だから五時くらいだろうか。それを見越して家を五時に出たけど、五時だという確信がはっきり言って無い。
初めて行った時に曲がった酒屋の脇の路地まで来た。酒屋さんはまだ開いていて明かりが周囲に漏れている。ただ、路地に入った途端、急に真っ暗で心細くなる。そのしばらく先にぼんやりと灯りが見え、あの街灯が目印だと私はペダルを漕ぐ。そこからの細い道は怖いくらいだった。とにかく暗くて周りが見えない。
あの時は車のライトだったからそれほどでもなかったけど、今は止めておけばと後悔し始めている。だから薄緑色の建物が視界に映った時はとにかくホッとした。
自転車を階段の裏に止め、私はそこで潤ちゃんを待った。自転車から降りてすぐの時はそれほどでもなかったのに、何もしていないのでだんだん身体が冷えて来る。もう少し着込んで来れば良かったかなと思いつつ、今何時ごろなのだろうと思った時、前方から車のライトが近付くのが見えた。
潤ちゃん。
そう口走って身を乗り出す。しかし、見えたのは丸い灯り。潤ちゃんのブルーバードは角目のライトだ。私は残念とまた座り込んだ。アパートの住人が次々と帰宅する。そのたびに期待を寄せるが、肝心の人は一向に現れない。
一時間以上待ってる気がする。身体が冷えて来てオシッコにも行きたくなっちゃった。どうしようと身体をモジモジさせる。周囲を見てもトイレなんかない。当たり前だ。こうなったら我慢とあれこれ気を紛らわせることを考えたりした。
たぶん二時間は待ってる。
もう帰ろうと思って腰を上げた時、角目のライトが目に映った。階段の隙間から目で追う。白のブルーバードだ。
寂しさと怒りが一緒になって、その時だけは寒さを忘れた。ドアを閉める音がして足音が近付いてくる。階段を上る気配がしたので声を出した。
「ニャ~オ~ッ」
潤ちゃんの足が止まった。
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