第106話

「先輩の方はどうなんです?八神さんとは順調なんですか?」


「‥‥とりあえずはね」


 ため息のような言葉だったせいか、梨絵は首を傾げて私を見た。それを見て隠し続けても仕方ないと聡子さんのことを喋った。



「それって完全な三角関係じゃないですか」


「でも潤ちゃんは私に好意を持ってくれてるのよ。それに私だって潤ちゃんのこと‥‥思ってるし」


「でも聡子さんって言う人は八神さんのことが好きなんでしょ?そういうのが三角関係なんですよ」


 梨絵が言ってることはもっともだと私は反論しなかった。


 三角関係‥‥。


 友達から聞いたりドラマなどで見て他人事のように楽しんでいたけど、いざ自分のことになると笑えるどころの話じゃない。現実を突きつけられて気落ちでもしたのか、すっかりハンサムの男性のことは忘れてしまっていた。


 結果オーライだろうか。となると梨絵には感謝しなくてはいけない。



―――「君、かわいいね」


 土曜日、お店に着いて駐車場を眺めていた私は、そんな言葉を思い浮かべていた。茜さんに悟られないようにいつも通り働きながらも、またあの男性がやって来るのではないかと思うとなんだか落ち着かない。そのせいだろうか、男性のお客さんから声を掛けられ何度かハッとし自分を笑ったりもした。結局、あのハンサムな男性は現れなかった。



「へぇ~っ! そんなにカッコイイ人なら、あたしも見たかったな」


 仕事を終え狭苦しい更衣室で着替えていた時、私は茜さんに昨日のハンサム男性のことを話した。ただし、男性に言われたことは黙っていた。


「でしょ!茜さんだって見たらSAよりカッコいいってハートを射抜かれちゃうかもしれませんよ」


 私の言葉に茜さんは目を細めるようにして睨むと、


「射抜かれたのは由佳理なんでしょ?それもハートじゃなくて、ここ」


 スッと私の股間に手を触れる。咄嗟に身をよじった私はロッカーにドンと身体をぶつけた。


「も~っ!茜さんたら。そういうこと男の人にもするんですか?」


「するよ。でも手じゃなくてここ」


 茜さんはそう言って自分の膝を指さした。


「昔、言い寄って来た男がいてね。一発お見舞いしちゃった!」



 サッと引き上げた足を見て、再び茜さんの顔に視線を戻す。


「それで相手の人はどうなったんですか?」


「白目剥いてのたうち回ってたよ。ったくSAのエの字もいかないような男のくせして」


 言い終えるなり茜さんはニヤッと笑った。


「それで由佳理が言ってた人って何か買ってったの?」


「う~ん。マフラーカッターが欲しいからって、サイズは訊かれたんだけど、レジには来なかったような‥‥」


「用事でも思い出して帰っちゃったんじゃない?」


「そう‥‥ですかね。じゃ、また来る可能性はありますね。そうしたら茜さんも見て下さい。絶対SAより――」


 そこまで言ったところで茜さんはヒラヒラと手を振る。



「そんな人この世に居ないって。あ‥‥でも、昔一人だけ居たな。顔は良い線行ってるんだけど、そいつがまたろくでもないクズでさ。ま~それでもあたしのSAには及ばなかったけどね――」



 これ以上否定したりすると今後の仕事にも影響しかねないと私は笑うだけに留めた。

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