第104話
もしかして完全にハートを撃ち抜かれた。ついそんなことを思ったが、寸でのところで潤ちゃんへの思いが弾を辛うじてはじき返したようだ。ただ、遠くに跳ね飛ばしたのではなく、近くにポトリと落ちたという感じで、私は声を出すのも忘れてその人の目を見ていた。
ハンサムなんて言葉では足りないくらい。スラッとした長身のスタイルからしてモデルなのかと想像しながら、優しく笑う男性に釣られて笑みが零れる。
ひょっとしたらだらしない笑いだったかも。
「ちょっと訊きたいんだけど?」
「ハイ、どういったことでしょう?」
顔が赤らむのを必死で堪えながら、危うく仕事を忘れるところだったと私は我に返る。
「マフラーカッターを車に付けようかなって思ってるんだけど、計ってくるのを忘れちゃってね。もし差支えなかったら調べてもらえるかな?」
お安い御用ですと私は男性の後に続いて表に出た。長身で歩き方も颯爽としていて格好いい。たぶん百八十センチは優に超えているに違いない。
「車はあの黒のスカイライン」
これで白だったりしたら、茜さんのいう白馬の王子様はこの男性と思ったに違いない。
分かりました、と私はピットに走ってメジャーを手にし、車の背後に屈みこんでマフラーに当てる。その際、位置が低いためお尻を突き出すような形になってしまい、ふと男性からの視線を感じた。
でも触られるわけでもなし、こんな素敵な男性に見られるのなら、とあまり不快にも思わなかった。それから計った数値を男性に話した。
「ありがとう。助かったよ。他にも見たい用品とかあるんで―――」
軽く手を挙げながら男性は爽やかな笑みを浮かべる。この目を見てはいけないと本能で感じた私は慌てて視線を周囲に逸らす。それでやや冷静になったのだろう。
これはドッキリか何かの番組じゃないかって、カメラを探したりもした。どこにもなかったけど。
男性は二枚目過ぎる二枚目だけど、よく見ると左目の下のところに傷の跡がある。どこか残念に思いつつも、これだけのハンサムだ。きっとチャームポイントとしても役立つような気もする。
用件も済んで店内に戻ろうとした時だった。
「君、川島さんっていうの?」
胸の辺りに視線を送って男性は言った。バストではなくバッジを見たのだろう。私はそうですと答えた。
「君、かわいいね」
すると男性は私の顔をじっと見て一言。あまりに自然な口調に顔が赤らむのが分かった。
「いえ、そんなことありませんよ」
「良いんだよ、別に謙遜しなくたって。よく言われるだろ?」
しきりに手を振ってみたところで、このまま緩んだ口元から涎が出て来てしまいそうだ。
「全然、言われませんから――」
店内に戻ってから真っすぐトイレに駆け込んだ私は、少し顔の火照りが冷めるのを待った。
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