第100話
奇麗に片付いていたとしても、たいてい人はこんな台詞を口にする。それでも初めて来た部屋がどうなってるのかは気になるところ。照明を点けてから八神さんは解放されるようにネクタイを緩める。静かな部屋に衣擦れの音がした。
適当に座ってくれと言われ、私は言葉通り長方形のガラステーブルの壁側に背を向けて腰を下ろす。すぐ目の先にはシングルサイズのベッド。小さめなテレビの下にはステレオが置かれている。
音楽好きなのかと、ふと右側に視線を送った私はドキッとした。八神さんが上半身裸でいたからだ。いきなり始まるのって思っちゃった。どうやら部屋着に着替えているようで、私は違う方向に顔を向けた。すると今度は真っ暗なブラウン管にトランクス姿が映り込んで、ここでまたドキッと。
狭いワンルームだから仕方がないのだろう。
「一人で住んでるの?」
どぎまぎを紛らそうと声を掛けると、一人さと言って八神さんは笑った。その笑いは他に誰が居るんだという声にも取れた。いろいろ置いてあるので、布団で生活する私の部屋よりも狭苦しく感じる。
「家族の人たちとかは?」
「あ~実家は市内で割と近いんだけど、兄貴が結婚して嫁さんが家に入ったから、何かとお邪魔虫かなってここに住むことにしたんだよ。どのみち俺は次男で家を出ることになるだろうし」
話しながら玄関と部屋の間にあるキッチンに向かって行く。冷蔵庫が開く音がした。
「コーヒーの方が良いか?」
少し肌寒かったので「ええ」と応えた。
「舌の肥えた人にインスタントで悪いんだけど――」
コーヒーを手にした八神さんに私は頭を振ってコーヒーを啜った。ちょっとしたやり取りで温まって来た身体がさらに温かくなる。八神さんも一口、二口とコーヒーを啜った。
「そうそう、遅くなっちゃったけど―――」
八神さんは思い出したように、テレビの横に素早く手と身体を伸ばしてカセットテープを私に差し出す。
「前に録ってくれって言ってた『マジック』」
一言お礼を言った後で、私はラックに詰め込まれたステレオに目を向けた。
「こういうので聴いたら音も違うんでしょうね」
「そうだな。学生の頃からこういうのが好きでさ。バイトしたりしてだいぶつぎ込んじゃったよ。お兄さんが居るって言ってたから家にもあるんじゃない?」
「ううん。うちは母子家庭だからあんまり贅沢は出来ないっていうのか‥‥。だから兄貴も私もラジカセなの」
「そっか。なんか悪いこと言っちゃったかな」
私は何でもないとばかりに首を振った。
「もし、聴きたくなったらいつでも来れば――」
カセットテープを見つめながら、そうね、と呟いた。
「聡子さんはここにも来るの?」
「滅多にというか、たまにね」
「そう」とひと言呟いてベッドに目を向ける。
「そこのベッドにも寝た?」
どんな反応が返ってくるかと恐る恐る訊いてみたけど、答えはあっさりと返って来た。
「寝たよ」
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