第98話

 無事に帰れたかと八神さんから電話があったのはその日の夜だった。居酒屋から出た時によろけたのを心配してくれたのだろう。弱々しいところを見せておいて良かった。


 私は心の中でそっと呟きながら次の話を待った。


《土曜だから忙しかったんじゃない?》《日曜はお店も混むだろうね》などと、一向にデートのお誘いはなく次第にじれったくなって来る。


「八神さん、あの夜話したことって‥‥覚えてます?」


 だからそれとなく訊いてみようと口を開いた。


《あの夜?居酒屋に行った日?》


「そう。友達以下って‥‥言ったこと」


 そこで八神さんは一つ笑いを吐き出した。


《もっと飲んでたとしても、たぶん忘れてないと思うよ。そのことも含めて電話を掛けたんだけど、なかなか言い出せないというのか―――》


 仕事の話を切り出したのはそのせいだったのかと、私は八神さんの心を労わるように微笑んだ。


《ちなみに次の日曜休みっていつ?》


「今月入ったばかりなんで、まだ他の人の休みがわからないから入れてないんですよ」


《そうか。じゃ、隔週で取れるって休みは?》


「昨日、取ってるから再来週になっちゃいますね」


 そこで八神さんは少し黙り込んだ。せっかくなら私が休みの時の方が良いと考えてくれているのだろう。



「私は‥‥いつでも良いですよ」


《そう‥‥か。それじゃ、お店が休みになる明後日‥‥。でも金曜居酒屋に行ったから―――》



「いつでも‥‥良いですよ」


 受話器から数回息だけが聞こえた。迷っているのか、決心までの時間なのか、私はただじっと待っている。


《わかった。月曜仕事が終わったらまた電話する》


 いよいよ友達になる日がやって来ると、私は一つ息を吐いて静かに受話器を置いた。




 日曜日は思っていたほどの混雑はなかった。年間に何日かはこんな日もある。


「そういえば、最近白いブルの彼って見えないけど、会ってるの?」


 ロッカー前で着替えていると茜さんが思い出したように私を見た。


「最近って、ついこの前オイル交換したばかりだから来ないんじゃないですか」


「交換したって、他にもいろいろあるじゃない。由佳理の顔を見に来るとか?」


 思わず苦笑を漏らすと茜さんがニヤッと笑う。


「そうそう、会ったと言えば金曜の夜に居酒屋に――」


「居酒屋!いいね~。え?ってことは由佳理もお酒を?」


 ちょっとだけ、というと茜さんはヒラヒラと手を振った。


「もう十九でしょ。大丈夫!あたしなんか十六から飲んでるんだから」


 いかにも茜さんらしいと私は僅かに笑っただけだった。


「それで次はいつなの?」


「明日なんです」



 茜さんは着替えていた手を止め、私に向かって親指をあげた。

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