第96話
「えっ?なんで聡子がここに?」
「ここにって、さっき石塚から電話で呼ばれたのよ。素敵なカップルが居るからって」
それでか、と八神さんは納得したようだ。聡子さんは二人に目を向ける。笑っているようで目は笑っていない。
「確か‥‥川島さんって未成年じゃなかった?未成年酔わせてこれから部屋にでも連れていくつもり?」
「いえ、これはウーロン茶なんですよ」
私が作り笑いを浮かべた時には、既に聡子さんの口にグラスが運ばれていた。
「これのどこがウーロン茶なのよ」
「やめろよ。人の飲み物を勝手に!」
「ごめんなさい。ついどんな味なのかなって飲みたくなっちゃって。すぐに新しいのを運ばせるからこれはもらっていくわ」
軽く会釈して聡子さんは奥の方へと去っていく。きっと電話を掛けた人のところへいくのだろう。それから数分後、新しいのが届いた。気分を変えようと一口飲むと喉が焼けるように感じ、思わず顔を歪めた。
「どうした?」
「ううん。なんだかさっきのと濃さが違うなって」
八神さんがグラスに手を伸ばす。グイッと飲んで息を吐き出した。
「これはかなり焼酎多めって感じだな」
そこでオヤッと表情を変えた。
「もしかしたら聡子が店員に言ったんだろ。もし飲むのが嫌だったら残してもいいよ」
「大丈夫!ちょっと味が違うからビックリしちゃったけど。このくらいなら全然。それにこんなのも飲めないのかって聡子さんに嫌味言われそうだから」
私はそう言ってゴクリと喉を鳴らした。それを見ながら八神さんは目を細める。驚きの色も混じっていただろうか。その時、奥の方から声が響いた。
「言ったのはお前だろうが!」
叫んでいた声に反応したのは八神さんだった。
「聡子だ」
呟いてから苦笑を漏らす。
「酒癖は悪くないんだけどな。ちょっと虫の居所が悪いんだろ。つまんないこと言われても嫌だろうから、早めに帰ろうか」
お店の人に代行とタクシーを一台ずつ頼んで私達は外へと出た。歩いて数歩のところで私はよろけて八神さんに身体を預ける。
「ちょっと酔ったんじゃない?」
「‥‥少しだけ」
口には出してみたものの、ほとんど酔ってはいなかった。ここは酔ったふりして可愛いところもアピール。ついでに八神さんの腕をしっかり胸に押し付ける。本当ならこのまま二人でタクシーにでも乗ってといきたいところだけど、明日は仕事だからそうもいかない。
次回キスという良いお土産を手に、早々に来たタクシーに乗り込んだ私は、八神さんに向けて軽く手を振った。
―――「今日から十月になり冬商戦も本格化し始めます。スノー、スパイク等のタイヤやスキーキャリア、チェーン、バッテリーと言った―――」
十月最初の土曜とあって店長の杉山さんのミーティングもいつもより長かった。それでも二分程度。上司の挨拶は短いのが良いとつくづく感じる。校長先生の話のようだと仕事する前に倒れてしまう。
私にとっては入社して初の冬商戦でもあると、杉山さんの話を聞きながら良い緊張を身体に感じた。
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