第95話
「しかし、聡子の奴いいこと言ってくれるよな。気分悪くしただろ?ごめん」
グラスを傾けてから私は首を振る。
「貸しがあるっていうんで上から見てるんだよな。あれで白衣の天使だなんて言うんだからお笑いもいいところだよ」
料理が届いた時、八神さんはビールを注文する。
「けっこう飲むの?」
「いや~、ジョッキで二、三杯くらいかな。こういうところだと雰囲気で量も進むんだけど、今日は川島さんも居るから――」
それを聞いて含み笑いで八神さんに視線を送る。すると照れ臭そうに笑いながら八神さんはキャベツを箸で摘まんだ。シャキシャキと良い音が耳に届く。それから届いたばかりのビールをグイと運ぶ。私もキャベツに手を伸ばした。ゴマの風味もあって病みつきになるような味だ。
八神さんがジョッキを置いた時、ちょうど通りがかった人が足を止めた。
「おっ!八神!」
「あ~、石塚!偶然だな!」
どうやら知り合いらしい。声を掛けた人には連れが二人居て、気さくそうな表情の中にヤンチャしてたという雰囲気が漂っている。
「あれ?聡子さんは一緒じゃないんか?」
声を掛けた石塚という男性は私の顔をチラッと見つめ、口元を緩ませた。
「聡子とは別行動さ」
「ひょっとして乗り換えたとか?」
「人聞き悪いこというなよ。聡子はただの友達だからさ」
「ってことは、こちらに居る女性は彼女ってこと?」
八神さんが肯定するとニヤ付いてた顔を引き締めるようにして男性たちは奥の方へ歩いていく。それを横目に私は訊ねた。
「さん付けなんですね。聡子さん」
「あの石塚って奴も昔は暴走族でさ。たぶん他の二人もそうなんじゃないかな。それで何かの時に聡子に締められたことがあって、それ以来、聡子にはさん付けなんだよ。って言うか、聡子なんて呼び捨てにしてるのって俺ぐらいじゃないかな」
それを聞くだけでも二人の付き合いの深さが感じられるような気がした。
「友達‥‥なんですよね?」
「ただのね。前に話したけど酔っぱらってチュッてのは―――。そういえばこの店だったかな」
「そう。チュッてした人が友達なんですね?じゃ、私は友達以下―――」
言いたいことが届いたのか、八神さんは参ったとばかりに頭を掻いた。それから背筋を伸ばすようにして私の目を見た。
「わかった。じゃ~友達までには格上げしたいと思う。ただし、もう飲んじゃってるから今日はダメだ。飲んでない時にちゃんと―――」
それを聞いてほんのりと顔が赤らむのを感じた。どこか聞き覚えのある声がしたのはその時だった。
「あら?なんだか盛り上がってるみたいね」
ボブの髪からキラッとした目線。聡子さんだった。
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