第94話

 数人のレジ打ちが終わった直後、私は昨日の梨絵とのやり取りを思い出す。すると今度は朝方交わした茜さんの言葉が蘇る。


 着けないで子供を作る。


 二人の言葉が一つに繋がった途端、私は何を考えているんだろうと顔を振った。つい先日手を繋いだばかりだというのに、あまりにも突飛過ぎる。そんなことをしなくても、聡子さんを納得させる方法はまだあるはずだ。



 定休日以外に隔週で一日休めるため、私は九月最後となる金曜日に休みをもらった。前日の木曜日には八神さんから電話があって、それなら飲みにいかないかと誘われた。今週は土日が休みになるらしい。私は次の日の土曜は仕事なので、遅くならない条件でOKした。



 いつもの場所に迎えに来てもらって、町中から少し外れたところにある居酒屋に入った。


「私は未成年ですから、ウーロン茶でいいですよ」


 もうすぐ成人になるんだし、十九歳なら文句をいう人もいないだろうと、見た目もわからないウーロン茶の焼酎割りを頼んでくれた。リーズナブルでメニューも豊富とあって、店内はお客さんで賑わっていて、少し大きめの声で話さないとかき消されてしまうほどだ。


 私達は入り口から少し入ったところのテーブル席に着いた。周りには隣とを遮る仕切りが設けられているが、それほど高いものでもなく、あくまで隣のお客さんが見えない程度のもの。従って歩く人などからは私達の姿は丸見えとなる。


「ハイ!それでは生中とウーロン茶の焼酎割りです!」


 威勢のいい声と共に頼んだ飲み物が出際よく置かれる。それから後を追うように焼き鳥とあさりの酒蒸しが運ばれてきた。


「それじゃ、乾杯でもするか」


 八神さんはジョッキを片手に顔を綻ばせた。私も手に取りグラスを合わせた。


「俺は代行で帰るからさ。川島さんはタクシーで帰れば。金は俺が出すから―――」


 そう言って八神さんはゴクゴクと喉にビールを流し込み、息を大きく吐き出す。なんだかオジサンみたい。


「市内だから私が払いますよ」


 私も一緒にグラスを口に運ぶ。口に含んだ時はただのウーロン茶っぽいのに、飲み込むときになるとお酒って感じがする。私もほんの少し息を吐き出す。


「どう?味は?まさかいつも飲んでるのと変わらないなんて言うんじゃないだろうな」


 まさかと言ってからワインとかなら少し飲んだことがあると言ってチョコンと傾げる。


「それにしても面白い名前。『飲んどけナイト』なんて」


「あ~。大抵の人はそういうよ。俺なんかすっかり慣れちゃって。って言ってもみんな略して『飲んナイ』なんて言ってるけどさ。飲んだら車に乗んないって感じで――。そうそう他に食べたいものでもあれば―――」


 八神さんは焼き鳥を咥えて串から引き抜きながらメニューに目を向ける。私も焼き鳥に手を伸ばす。熱くてハフハフしてしまう。ジューシーでとても美味しい。


「けっこういけるだろ。この店は味が良いって評判でさ。だから割と市内でも混んでるんだよ」


「よく飲みに来るの?」


 ちょっと考えるような素振りを見せ、たまにと応えてから、すみませんと手を挙げる。すぐに店員がやって来る。


「え~と、たまらんキャベツと、もつ煮とキュウリの一本漬けを」


 伝票にそれを書き込んで店員は素早く戻っていく。


「ここの、たまらんキャベツは口に合うんじゃないかな。来ると必ず頼むんだけど、カリッカリのベーコンとキャベツが良い感じでさ」


 説明してから残ったビールを飲み干す。見ていても美味しそうだ。空になったジョッキをテーブルに置くと、八神さんはため息と声を一緒に吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る