第93話

『花梨』での出来事で、楽しかったドライブが一気に沈んでしまった。おかげで翌日の月曜日はほとんど家でゴロゴロしていた。


 こんな思いを抱えて明日は仕事に行くのかと、心に溜まった空気を吐き出しながら私は変哲もない天井の模様などを眺めていた。ただ、そんな気持ちが伝わるのが良き妹分である。学校帰りだと言って、夕方梨絵が私の部屋のガラス窓を叩いた。


「梨絵ちゃん!」


 電話では時々連絡は取っていたものの、こうして面と向かって会うのはいつ以来だろうか。なんだかとても久しぶりな感じがする。上がってというと梨絵は跨ぐようにして部屋に入って来た。


「玄関に回ればいいのに」


「やっぱり先輩んちの玄関はここかなって」


 夏休みの間、梨絵が遊びに来て出入りしてたのがすっかり習慣になってしまったようだ。跨ぐ際、スカートの間から青いショーツが見えた。梨絵も初体験を済ませて下着にも気を遣うようになったみたい。


「冷たいもので良い?」と私は冷蔵庫からジュースを持って来た。喉が渇いていたのか梨絵は早速と口に運ぶ。


「どう?学校は順調?」


「順調と言えば順調かな~。そうそう先輩の方はどうです?」


「まだ研修中のバッジは取れないけどね。それでもけっこう慣れて来たかなって」


「飲食店とかだったら私も行けるんだけどな~。車の用品屋さんじゃ行きづらいですよね」


「でも、梨絵ちゃん好みの可愛い用品なんかもあるよ。いずれ免許でも取った時の―――。そういえば梨絵ちゃんもそろそろじゃない?」


 確か梨絵は十二月が誕生日だったと私は教習所について訊ねた。


「うん。来月の終わり頃から行こうかなって。私の学校は誕生日の前から行けるんで」


「そっか。そういう点じゃ良いよね。うちの学校なんか誕生日が来てからだから、三月生まれの子なんてブーブー言ってたよ。で、どこに行くの?」


「あ、先輩と同じところにしようかなって」


 だったらいろいろ教えてあげると、私は先輩風を吹かせた。


「それで涼ちゃんとは相変わらず?」



 梨絵はとりあえずという感じでこくりと頷いた。ただ、なんとなく表情は浮かない。


「少し前あたりから、涼ちゃん着けないでしたがるんですよね」


 何のことかすぐにピンと来た。付き合いが長くなるとだんだんそういう方向に行くと学校の誰かも言っていた。学校で『ヤリマン』と二桁の人数経験を持つ子ですら、それだけは許さなかったというから、緩そうで案外しっかりしているのかもしれない。



「それで梨絵ちゃんはなんて?」

「それだけは絶対ダメって。着けないんだったら、させないって」


「それで納得してくれてるの?」

「渋々って感じだけど‥‥」


 今のところはなんとかそれで収まってるようだ。ただ、他の奴とするなんて言われると途端に女も弱くなったりする。浮気、あるいは本気になられては困ると、ついそれを許してしまう。


 実のところ、私もセックスが上手だった人に何度か許した経験がある。確か関根さんって言ったっけ。私の場合は浮気がどうのとかいう理由じゃなく、今から思えば若さからの無謀だろう。もちろん梨絵には話していない。外に出してもそれだけじゃ済まない。


 バカを見るのは女だからと、一応梨絵には念を押しておいた。

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