第88話
待ち合わせは八時。遅れないようにと十分前に歩いていくと、倒産した会社の敷地に白のブルーバードが見えた。それに私は歩調を早める。ドアを開けながら一声掛けて助手席に乗り込むと、磨き上げられたピカピカのブルーバードは大通りへと出る。
今日は長袖のカラーシャツにアイボリーのスラックスで、後部座席には上着らしきものが見えた。
行き先は電話で聞いていた。隣県にある動物園と聞き私の心は初デートとプラスされてさらに舞い上がった。動物は昔から好きで小さい頃は家で猫を飼っていてよく可愛がった。ただ、可愛がっていても寿命があることも教えられ、それ以後は飼わなくなった。
目的の場所にはだいたい二時間くらい掛かると八神さんはハンドル片手に話した。ふと視線を移した私は一本のカセットテープに目が留まり、どんな音楽なのかと訊ねてみる。
「レアな洋楽だから知らないかもしれないよ」と八神さんはそれを押し込む。流れて来た曲は言われたように私の知らない曲だったが、軽快なテンポの歌で身体を自然と動かしたくなる。
「なんて言う曲?」
「これは『マジック』って歌。『ディック・セント・ニクラウス』って人のアルバムなんだけど、けっこう気に入ってるんだ」
何曲かあとには一転してスローなバラードになり、これもなんだか耳に心地いい。もっと聴いていたいと、控えめに流してもらうことにした。
しばらく走ると喉が渇いたからと通り沿いにある自販機で飲み物を買い、走りながらそれを飲んだ。
「それって美味しい?」
八神さんの飲むコーヒーが気になって訊ねると、飲んでみるかと手渡された。あまりにも自然だったので私も違和感なく受け取り、ゴクリと一口飲む。
初間接キス。
味よりもそれが私には刺激的で離れたシートが少し近付いたような気さえする。デートはやっぱりこうでなくちゃ。
私には知らない道ばかり。それがまた二人の関係のようで新鮮に思える。早くも遅くもないスピードがまた心地良い。
目的地には十時十分頃到着。駐車場には十数台の車が既に止まっていた。気温も高くなってきたため羽織っていたカーディガンを車に置き、入園料を払ってゲートを潜ると気分が一気に高まる。いろんな動物と出会える。そんな喜びから私達は早速とばかりに並んで歩き出す。
並んでというよりもデートだからと私は身を寄せる。すると指先の爪がカチンと当たった。それからまた数歩歩くと今度は指が触れる。八神さんも気付いてるはず。三度目の時にそれを感じた。指が触れたと思った時、互いの手は自然と繋がれていた。
優しい温もりが私に伝わる。これが三年間の思いなのかと私は掌で受け止めた。
パンフレットを手に気になる動物を順番に見て回る。カバ、キリン、象と動物園お馴染みの動物を始めとして、ライオンやホワイトタイガーも居た。特に白テナガザルやレッサーパンダはずっと見ていても飽きない。
どのくらい経ってからだろうか。一休みしようと飲み物を買って木陰のあるベンチに腰掛けた。八神さんはそこで煙草に火を点ける。吐き出した煙が秋の空に舞う。煙草が半分くらいになった時だった。
「聡子に話したよ」と八神さんは呟いた。顔を向けると苦笑いしているようにも見える。
「それで‥‥聡子さんはなんて?」
口が開くまでに少し時間が掛かった。言葉でも整理しているのだろうか。
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