第86話
水曜日の午後、展示してある商品について茜さんと話をしていると、その脇を赤いツナギが勢いよく通り過ぎた。ピットの元木さんだ。お客さんに急遽追加で何か頼まれて取りに来たのだろう。
元木さんの姿が見えなくなってから茜さんが「由佳理のお尻また見てった」と呟いた。
気のせいだろうと私が言うと、茜さんは首を振った。
「あたし、何度も見てるんだよ。時々ジーッと由佳理のお尻見てるの。元木ってむっつりだから。前にちょっと横ちゃんから聞いたことがあるんだけど、家にエロビデオがいっぱい置いてあったって。きっと由佳理のお尻でも思い出して、してるんじゃない?」
言い終えるなり手を握って上下に動かした。
「ちょ…ちょっと人に見られますよ」
「もぉ~、ねんねじゃあるまいし、別にあたしは変なことはしてませんよ。ギアチェンジしただけじゃない」と今後は手を前後に動かす。私は笑顔で茜さんを睨んだ。
「でも、なんであたしのは見ないかね~。こんなに締まってるのに」
言い終えるなり茜さんは自分のお尻をパンと叩いた。ホント、茜さんって面白い。
「寝暗でむっつりだけど―――」
茜さんはそこまで言ってピットの方に目を向ける。
「腕だけは良いよ。その辺の修理屋なんかお呼びじゃないから。だからSAのメンテは元木に任せっきり。横ちゃんもなかなかだけどね。元木にはまだまだって感じかな」
「だったら茜さん、元木さんを彼にすればいいじゃないですか。そうすればいつでも車診てもらえるし」
今度は茜さんが笑って私を睨んだ。
「ウッ!お昼が口から出そう。ま~顔は悪くはないんだけど、あたしのSAには遠く及ばないかな~」
私も初めて元木さんを見た時は悪くないと思った。それにしても茜さんの車への思いは半端じゃない。私はつい苦笑を浮かべた。
音信不通じゃ何か寂しいし、一年後の近況も訊きたいからと、水曜の夜は亜実ちゃんと紗枝ちゃんに電話を掛けようと思っていた。話でも長くなると何時に終わるのかもわからないから、木曜日の夜に電話をくださいと八神さんにもあらかじめ伝えておいた。名刺をもらった夜に私の番号も渡しておいたのだ。
《あ~、由佳理ちゃん!しばらく、元気だった?》
紗枝ちゃんは電話に出るなり、声を躍らせる。先に亜実ちゃんに掛けたのだが、仕事で東京に行ってるのだと言われ早々に電話を切った。言ってた通り東京に行ったんだと亜実ちゃんの顔を思い出した。
「元気!元気!って仕事でちょっと疲れちゃてるけどね」
《やっぱり由佳理ちゃんも働いてるんだ。あ、ごめん、また掛けてもらっちゃって。私も電話しようと思ってたんだけど―――》
亜実ちゃんの近況を少し聞いたところで、私と紗枝ちゃんは今の仕事についてあれこれと話し合った。紗枝ちゃんも以前話していたように地元の会社に就職したらしい。
「そういえば…」と私は話の流れで恋の行方についても訊いてみた。
紗枝ちゃんは楽しさと恥ずかしさを交えるような口調で新しい彼のことを話した。
《結婚するまでは、なんて思ってたんだけど‥‥良い雰囲気になっちゃったと言うか‥‥。でも、あんなに痛いとは思わなかった》
時間が経っているせいか、紗枝ちゃんの声は穏やかだった。
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