第81話

 そう思った時、グリーンのRX7がマフラーの音を響かせて近くを通り過ぎていく。上に飛び出したヘッドライトが私達を照らし出す。その反射の光で運転席の茜さんが見えた。


 茜さんも私を見ている。一番距離が近くなった時、茜さんがグイと親指をあげた。しっかりバレてる。きっと着替えてる時の様子で分かったのかもしれない。休み明け何て言われるかなって私は八神さんに見られないように苦笑を浮かべた。


 お母さんには電話で茜さんとご飯を食べに行くと嘘をついた。素早く終えたし小声だから誰にも気付かれてないはずって思ってたんだけど……。  


 慌ただしく助手席に座って少し時間が経つとなんだか不思議な気分。フワッとしたシートは座り心地も良くて、車内も茜さんのより広々していて圧迫感も少ない。鼻に届くのは芳香剤の香りだろうか。これは私の好みかも、とライトに照らし出される街並みを見ていた。


「急に待ってるなんて言われて驚いただろ?」


 正直これにはなんと応えようか迷った。言われることを予想していた気もしたからで、ひとまずは体裁よく「ええ」と返事をしておいた。


 沈黙の気配を感じた私は、スムーズに加速する車を見て話題を変えた。


「そういえば、オイルを取り替えてどうですか?」

「あ……良い感じだよ」


 八神さんは前を見たまま応えた。


「今日はつい奮発しちゃったからね。やっぱり高いオイルは良いな。フリクションロスが減った感じがして―――」

「え?フリクション……」


 疑問そうな私の声に、次はそれを店長に聞かせれば良いと八神さんはあれこれ説明してくれた。八神さんも話の様子から車好きなんだと思った。


「でも―――」


 そこで一旦言葉を切ってから八神さんは楽しそうに話し始めた。


「今日スタンドに行って燃料を入れたついでにオイル交換もしてもらおうと思ったんだけど、店員に忙しいからって断られちゃってさ。だったら違うところでも良いかって、久しぶりにあの店に行ったんだけど……。今思えばあの店員に感謝しなけりゃいけないかもな」

「じゃ、次回は真っすぐうちに来てくださいね」


 経緯に縁めいたものを感じた私は営業トークとは別の気持ちを込めて言った。


 知り合いにでも会うことを避けたのか、たどり着いた先は市外のレストランだった。案内されたテーブルに着いて顔をあげると、すぐその先に八神さんが居る。それがすごく新鮮で不思議な感じ。まるでこんな時間を待っていたような気がする。


 時間帯なのか、いつもなのか、店内にお客さんは少なく、照明もほの暗い。ちょっと大人の人がデートの時間を楽しむような感じのお店だ。


「そうだ。学園祭に来てくれてありがとうございました」


 注文を済ませた後、そう言って頭をちょこんと下げると、八神さんも思い出したように頷いた。


「もう、あれから一年も経つのか。なんだかあっという間だね。お店からいなくなったから就職か大学でも行ったのかなって思って、それとなくママに訊いてみたんだけど、ママはわからないって」

「叔母さんには話してあったんですけどね」


 きっと雪子叔母さんも気を遣ってくれたんだとその時思った。それから八神さんは黙って難しい顔をした。


 言いにくそうな話だろうと私も黙って待った。

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