第79話
「そう思ってれば必ず現れるんじゃない。王子様が――。白馬に‥‥。ハハッ、今時馬なんか乗ってる人はいないか。ってことは白い車かな?」
茜さんらしいと私も笑った。
「それで茜さんところには来たんですか?白い車の王子様が?」
「来たよ」
サラッと茜さんは言った。それからすぐに、
「って言っても白じゃなくて緑。あたしって緑が好きでしょ。いつだったか茜って名前じゃなくて緑が良かったって親に言ったら、さすがに怒られたけど。ちなみに今日の下着も緑」
「縁ってことはひょっとして?」
考えてることは同じとばかりに茜さんはハンドルをポンと叩いた。
「そ、これが今のあたしの彼氏。でも由佳理が思ってた以上に仕事覚えてくれたんで、あたしとしても助かってるんだよ。来たての頃は大丈夫かなって心配しちゃったけどね。ピットの横ちゃんも一ヶ月で辞めるんじゃないかって話してて、あたしはそんなことはないって言って賭けをしたことがあってさ。おかげでオイル交換一回ただになった」
愉快そうに笑う茜さんに、そんなことがと驚きつつも、少なからず褒めてもらえてるようなのでホッとした。
「さ~て、じゃ~今夜はどこにしようか。って言ってもさっき電話しといたんだよね。これから行くから開けといてって。例の馴染みの定食屋」
「えっ?ってことは茜さん、またラーメンとかつ丼ですか?」
「女は色気よりも食い気!」
私よりもスリムな茜さんのどこにそれが入るのか。山本さんがあいつには勝てないと話してたのは、もしかしてこのことだったのかも。
休み明けの火曜から金曜までは多少の違いはあれ、平日という空気が店内に漂っていた。しかし、土曜日は先週の日曜日を思わせる忙しさで私はレジを打ってすぐに接客と店内を走り回った。もちろん他のスタッフも同様だ。茜さんは翌日休みのせいか、いつも以上に動きが良い。大き目の商品を抱えながらレジに小走りで向かって行く。
「由佳‥‥あ、川島さん。ちょっと頼める?オイル交換したいってお客さんがいるんだけど、あたし別のお客さん接客中だから。オイルのところにいる青いシャツの人―――」
仕事中は茜さんも私を苗字で呼んでいる。とは言え忙しいと切り替えがうまく出来ないこともある。私も人のことは言えないが。
茜さんに言われ私はすぐにオイル売り場へと向かった。青いシャツの人を見つけ「オイル‥‥」と口にしたところで声と足が止まった。
振り向いた男性が驚いたようにポカンと口を開ける。そこでしばし時も止まった。
「ここで働いてたの?」
私の顔をじっと見つめ、男性は徐々に顔を綻ばせる。
「八‥‥神さん」
久しぶりというよりも、この再会を心待ちにしていたような気がして、接客とは違う笑みが零れた。
「いや‥‥なんて言うか」
八神さんの浮かべる表情もあるいは同様だったのかもしれない。
「びっくりして声が止まっちゃいましたよ」
俺もと言いながら八神さんは何度か首を振り、その後オイルの方へ目を向ける。私はそこで自分の仕事を思い出し店員らしく振舞った。
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