第78話
「もうすっかりレディって感じね」
「もう、冷やかさないでくださいよ」
カー用品とは言え接客業のため毎日の化粧は欠かせない。初めて出社した時は気合を入れすぎちゃって、飲み屋の姉ちゃんが来たのかと思ったと、杉山さんにからかわれたりもした。仕事と共にコツを覚えた今では至って自然だ。
「どう?仕事の方は忙しい?」
「そうですね。土日なんかはやっぱり――」
カウンター越しにこうして雪子叔母さんと話しているだけでも仕事の疲れが減っていく気がする。つい半年前まで向こう側にいたというのに。
鐘の音のすぐ後に男性の声が響いた。
「おい!どこの美人が居るのかと思ったら由佳理ちゃんじゃないか」
『花梨』の常連の下柳さんだ。お久しぶりですと私が頭を下げると、下柳さんは隣に腰を下ろした。
「しかし、月日の流れってのは早いよな~。学生だった由佳理ちゃんが社会人として働いてるんだから」
雪子叔母さんも嬉しそうに頷く。
「年取るわけよね~」
下柳さんも相槌を打つ。
「俺なんかも年々白いもんが増えて来ちゃってさ」
私も高校生になったばかりの頃は、社会人なんてまだまだ先だと思っていた。下柳さんの言うように刻々と時間は過ぎていくのだろう。
先々月には十九歳になった。それと共に二十歳での結婚が遠のいていくようにも思える。現実は厳しいのかもしれない。
九月の第二日曜の夜、私は食事に行こうと茜さんに誘われてRX7の助手席に座っていた。
「しっかし、今日はクソ忙しかったよね~。よりによって、山モッチが休みで居ないってきてるんだから―――」
山モッチとは山本さんのことで、茜さんはいつもそう呼んでいる。僅かに開けた窓から爽やかな風が吹き込んで私の髪を揺らし続けている。
「もぉ~っ、火曜に来たらとっちめてやろうか」
「でも、今日は山本さんの順番だから。それに来週は茜さんじゃないですか」
「ま~ね。言ってみただけ」
茜さんは小気味よくシフトレバーを動かしながら笑いを零す。
「あ~、やっと日曜休みが来る。久々の連休~。どこかドライブでも行ってこようかな。確か由佳理はその次だったよね。日曜に休みが取れないとデートも―――」とそこで茜さんは言葉を切った。
「そういえば‥‥居なかったんだよね」
茜さんには何度目かの食事の時に彼が居ない話はしていた。そして、順ちゃんが事故で死んで恋愛に前向きになれないことも。
「どのくらい前って言ってたっけ?」
「三年…です」
それを聞いて「三年か~」と茜さんは静かに声を漏らし、少し考え込んでからサラッと吐き出した。
「もう、良いんじゃない?」
「えっ?」
その一言に私は茜さんの顔を見た。
「そろそろ、新しい恋をしてもってこと。若いうちなんてあっという間なんだから」
私が言えなかったことを代わりに言ってくれたような気がした。片方の翼は折れたけど、もう片方で飛んで行こう。
私は二度、三度と心の中で頷いた。
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