第72話
学園祭当日。
いよいよこの時が来たと私はエプロンを纏う。カフェの名前は私が決めた。
『クインス』花梨の英語名だ。カフェのスタッフは私を入れて四人。美幸と京子の免許組とあとは友子だ。友子は昨日あたりから少々機嫌が悪い。もしかしたら始まったのかも。
「どうぞ、見て行ってくださ~い。美味しくて知らないお店もきっとありますよ」
教室の前で呼び込む声が響く。受けがいいようにクラスでも指折りの
掲示して紹介したお店はニ十軒ほど。その前に取材した子が一人か二人立って、このお店行きましたかとか、行ったことのある人にはこれ食べましたかと声を掛ける。紹介してくれるということで、割引券をくれたお店もあって、それも来てくれた人にプレゼントする。教室内も徐々に賑やかさを増して行く。
担任の里美先生も顔を見せた。時間も早いのかカフェにはまだ誰も来ていない。
「ちょっと偵察してくるわ」と友子がエプロンのまま出て行く。すると入れ替わるように里美先生がやって来て、ホットコーヒーを注文してくれた。第一号のお客さんだ。
机を合わせてクロスを敷いただけのテーブルに向かうのを見て、私は早速とばかりに豆をミルに入れ挽き始めた。出来れば電動の方が楽だったが、そこまでお客さんも来ないだろうと手動のものにした。
インスタントじゃないだけあって、香しい匂いが鼻を心地良くくすぐる。それをドリッパーに載せたフィルターに入れ、ゆっくりとお湯を注ぐ様子を里美先生はじっと眺めていた。
「さすが喫茶店でバイトしてるだけあって、手つきが良いわね」
先生の声に私も微笑む。コーヒーは美幸が運んで行った。手馴らし完了と一息吐き出した時、友子が「盛況、盛況」と言いながら戻って来た。
「どっち?A?B?」
「う~ん、人の入り自体は入り易いからAだけど、Bも意外と入ってる。さすがに男は入り辛いみたいだけどね。教室の外からチラッとだけ眺めてモジモジしてるの。ホントは見たくてしょうがないくせに」
そこまで言ったところで奥の先生に気付いて友子は苦笑した。それでまた何かを思い出したようだ。
「そうそう、私もちょっと入って見て来たんだけど、凄いのがあったわよ。両方紐になってるやつ。あんなの穿いてる子がいるんだって驚いちゃった。もしかして、あれって里美先生のだったりして?」
友子の一声に里美先生はむせ返りそうになり、私達は一斉に視線を向ける。
「私はそんなの穿いてません!」
断言するように先生は言い放った。すると今度は美幸が「今日は?」と訊ねる。ハッとしたように先生は目を見開く。
「今日はです!」と言った後で、慌てて「今日もです」と訂正した。それから先生は居場所が無いような感じで、一言頑張ってねと呟いてから支払いを済ませて出て行った。
私と一緒にその後ろ姿を見ていた友子がポツリ。
「ありゃ、穿いてるよ」
私も美幸も京子もその言葉に吹き出した。
里美先生は三十台前半で現在独身。比較的身体もスリムな方だから、似合うかもしれない。ちょっと想像しちゃった。
「交換行ってきま~す」と陽気な声をあげて友子は再び姿を消す。いつもと違う雰囲気だからか、今日は気分が高そうな気がする。
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