第68話

「学生じゃないんですか?」


「あ~、辞めちゃったんだよ。高校中退。それで今は働いてて仕事の合間に来てるって感じかな」


 派手な見た目はこういうことかと合点がいく。


「あいつバイクに乗ってるだろ。あれって親に買ってもらったって知ってた?」


「ええ。そういえば、車もありましたよ。新車」


「新車?もう俺なんかこれからローンで中古を買おうかって考えてるのに豚をちょっと売れば車に化けるんだから良いよな~」


 安藤君は呆れたように言って息を吐き出した。私も同じことを頭に浮かべた。


「気安く感じたら別に良いんだけど、あと何時間くらい乗るん?」

「え~と、あと四時間です」


「そっか、俺は三時間。ようやくって感じだな。免許取ったらさ、会社のトラックも運転できるようになるから、早く取れって社長もうるさいんだよ」

「トラックも?」


 てっきり普通の自動車だけだと思っていた私は思わぬ言葉に驚いた。


「そうだよ。普通免許で四トンまで乗れるんだぜ。だから会社も半分金を出してくれたりしてさ。意外と良い社長なんさ」



 どんな理由で中退したのかは訊かなかった。それでも早く社会に出ている安藤君は学生とは違う大人びた雰囲気を持っている。話す時もしっかり目を見ていて胸に視線を感じることも無い。見た目と違って案外真面目なのかも。


 チャイムが鳴ったので揃って外へと出た。安藤君は軽く右手を挙げて、教習車に駆け足で向かう。足取りは軽快で後姿を目で追ってしまった。担当と思われる教官に安藤君は深々とお辞儀をしている。やっぱり学生とは違う。ちょっと良いかも。



 シートベルトからカチッという音が聞こえると、普段とは違う緊張に包まれた。心の中で大丈夫と深呼吸を繰り返す。心なし掌が汗ばんでるような気もする。


 落ち着け。いつものようにやれば大丈夫。私は自分自身を応援する。それでも隣の教官のバインダーを見るとつい不安が顔を擡げる。後部座席には二人の生徒が座っていて、ついさっきまで私はそこに座っていた。


「それでは始めてください」


 教官の声に私はシフトレバーを一速に入れ、ゆっくりとクラッチを踏んだ足をあげる。エンストはしないようにと言い聞かせ、アクセルと合わせる。徐々に車が前へと進んだ。


 実技は二時間オーバー。もうこれ以上お母さんに迷惑は掛けられない。普通で良いんだ。普通にやれば―――。




―――「ジャ~ン!」


 バイトに入るなり私は声を発しながら一枚のカードを雪子叔母さんの顔の前に掲げた。


「合格したの!由佳理ちゃん。良かったわね!」


 雪子叔母さんは満面の笑みを浮かべた。


「無事になんとか」


 私の顔も自然と緩む。ようやくという思いの方が正直多い。


「お母さんにも見せたんでしょ?免許証」


「ええ。お母さんもホッとした様子でした。でも、なんだか免許証の顔って変な感じがしますよね」


「私なんかも毎回思うわ。履歴書なんかに貼る写真もそうだけど、もっとよく撮れないのかってね」


 雪子叔母さんの話を聞きながら、もう一度自分の免許証を眺める。確かに写っているのは私だけど、別の私のような気もする。とは言えこれで車が運転できるのかと思うと、すぐにでもドライブに出掛けたい気分だ。

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