第63話
「あそこが酒屋だから―――」
自転車を止めた私はポケットからメモを取り出して周囲に目を向ける。そしてもう一度メモに視線を落とす。その先の路地を右かと再びペダルを漕ぎ始める。わからなかったら電話をくれればと言われていたので、途中の電話ボックスもチェックポイントの一つだ。
メモに描かれているのは簡易的な地図で、小池君から渡されたものだ。
「今度良かったら俺んちに遊びに来ないか?」
教習を待っている時の会話でそんな話が出た。バイクに乗せてもらった時の印象は悪いものではない。一応、もしもの場合に備えてお気に入りのレースの付いた黄色いショーツを穿いてきた。最後まではやらせないとしても、なんだか手が早そうな気もするので念のため。
穿き込んだ下着でも見られたら私だって恥ずかしい。そんなことよりも私が興味を持ったのは小池君の家のことだ。
「ブ~ちゃん?」
「そう。豚。養豚やってるんだよ」
何気に口にしている豚肉よりも可愛い子ブタが見られるんじゃないかと、私は教習の予約がない午前中に行くことを決めた。小池君もその日は空いているらしい。
途中、立ち止まって確認したりしていたので、かれこれ四十分も掛かっている。生暖かい空気を纏うように自転車を漕いでいると、やがて独特の匂いが鼻に届いた。この辺りかもとメモを見て、辺りを伺うとそれらしい建物が見えた。
―――「すぐ分かった?」
玄関のチャイムを押すとすぐに小池君が現れた。短パンにTシャツとラフな格好だ。家に上がる前に見たいと話したので、小池君は豚舎を案内してくれた。建物の上には『KOIKEファーム』という文字があった。
「慣れないと臭いだろ?」
ウンとも言い辛かったので、少しだけと答えておいた。豚舎に近付くと時々豚の鳴き声が聞こえてくる。養豚をやってるということで敷地はかなりの広さがあった。それでも小池君のところは狭い方だという。豚舎の中に足を踏み入れるとたくさんの豚が目に広がった。みんな丸まると太っている。通路の先には一人の男性が居て、私達を見るやすぐに近付いてきた。
「こんにちは。
私はそうですと頭を下げた。
「うちの親父」と小池君が紹介する。
「慣れないと臭いだろ~ね~」
同じ質問にどう答えようか苦笑を浮かべていると、小池君が子豚のいる場所に案内してくれた。お父さんも一緒に向かった。
「一豚房辺りにはだいたい十頭くらいかな。案外豚ってのは馬鹿でね。人間と違ってあまり多くの豚を覚えられないんだよ。お嬢さんがもし豚だとしたら教室の三分の一くらいの友達しか覚えられないようなもんでね。うちなんかは豚舎もこんなもんだから、ちょうどいいんだろうけど―――」
知らなかったとお父さんの話を聞きながら少し歩くと小さなものがチョコチョコ動き回ってるのが見えた。可愛いと私は目を細める。こんな小さな豚がやがて大きくなって口に入るのかと思うとなんだか複雑。
でも、やっぱり小っちゃいのは可愛いらしい。
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