第61話

「ここだったのかって話。電話しても出ないし、家にも居ないから探しちゃった」

「急用か?」


「ううん、特にこれって用もないんだけど」


 お客さんのプライベートな話はあまり聞かないようにと、雪子叔母さんにも言われたことがある。だから私も二つのアイスコーヒー作りに専念していた。


 それでも神経がそちらに向いているのか二人の会話が耳に入ってしまう。


「なんだか楽しそうな顔していた」


「誰が?」


 お待たせしましたとテーブルにコースターを敷いて頼まれた品を置くと女性は鼻で一つ笑ってから、あなたよと吐き出した。


「俺?」


 男性がそう呟いた後、すぐに私は女性からの視線を感じた。気まずい空気が立ち込めたので逃れるようにテーブルから離れた。


「私には見せたことのないような顔してたわ」


「気のせいだろ。って言ってもお前といても別に楽しくもないけどな」


 そこで会話は途切れしばらく沈黙が続いた。


「そうそう、今度いつでも連絡が取れるように電話でも持ったら?」


「電話ってあのショルダーホンのことか?保証金がいくらするんか知ってんのか?」

「知らないわ。ただ話のついでに言ってみただけ」


 男性は咥えたストローでコーヒーを喉に吸い込むように流し込むと、大きく息を吐き出した。


「確か二十万くらいするって誰か言ってたな。それで話すのが一分百円。三分も話せばここでアイスコーヒーが飲める」


 とんでもないとばかりに男性は顔を左右に振る。


 肩に掛けて持ち運べる電話があるってことは私も聞いたことがある。でもそんなにお金が掛かることまでは知らなかった。考えたら私の免許の方が全然安い。


「でも‥‥そんなの持ち歩いてたらちょっとカッコいいだろうな。ただ、三キロもあるんじゃ疲れてしょうがないだろうけど」


「そのうちもっと小型のが出るんじゃないの?値段も安くなって皆が持てるようになる」


「電話を一人一人持ち歩くんか?そんな時代は夢の夢、百年先だろ!」


 男性はくだらない夢物語と女性のお株を奪うかに鼻で笑った。


「出来たら腕時計みたいな感じで、もしもしって―――」

「仕事で疲れてるんじゃないのか?それともTVの見過ぎか」


「TV見てる暇なんかないわよ。あ~今日も夜勤か~。急患でも来なけりゃいいんだけど」


 何食わぬ顔で聞いていた私は突然ある謎が解けたとばかりに声を出しそうになった。微かに漂った匂いは病院独特のものだったのだ。きっとあの人は看護婦さんなんだろう。


「そうそう、俺は仕事の途中だから」


 一気に残りを飲み干し男性が腰をあげると、女性も合わせて席を立った。


 プライベートには耳を傾けるなと言われても、さっきの電話の話なら知識として吸収しても悪くない。なんだか一つ利口になった気がする。今度梨絵にでも話してやろう。

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