第60話
―――「あら?だいぶ遊んだと見えて焼けたわね」
帰った翌日、『花梨』に顔を出すと雪子叔母さんは私の二の腕に目を向ける。
「ちょっとまだヒリヒリするんですよ」
腕を優しくさすりながら私は微笑む。
「でも若いっていいわね~。私なんかの歳だと日焼けしたりしたらシミになっちゃうから大変!」
「商品価値が落ちちゃいますか?」
私がふざけたように言うと雪子叔母さんが呆れたように笑った。
「もう、とっくに無いわよ、そんなもの!」
「あっ!それより叔母…店長聞いてくださいよ!」
私は笑いかけた顔を驚きに変えて、お母さんのことを話した。
「お姉ちゃんが美容院に?」
「もう、海から帰って来たら別人みたいな感じになってたからびっくりしちゃった」
なぜそうなったのかという経緯を聞かせると、雪子叔母さんは姉の姿をイメージするように目線を上にあげる。その表情はとても穏やかだった。
「それで時々鏡を見たりして、鼻歌とか歌っちゃったりして」
「お姉ちゃんも奇麗になって気分も良いんでしょうね。由佳理ちゃんも良いことしたわね」
「私がお金払ったわけじゃないですから」と小さいガラス製の容器に詰め込まれた貝殻のお土産を手渡すと、雪子叔母さんは奇麗ねと言ってカウンターの隅に飾ってくれた。
ちょうどその時扉が開いた。
カラン…コロン♪
いつぞや電話で話した常連さんで今日は一人だった。私はホッと息を悟られないように吐き出す。男性は軽く会釈して指定席へと向かった。
「海でも行ってきたの?」
恐らく注文はこれだろうと思いつつテーブルに向かうと男性は私の腕に視線を送る。
「ええ。やっぱりわかりますか?」
「もしかして、彼と‥‥だったりして」
残念そうな笑みを一瞬だけ漂わせて、男性はアイスコーヒーと呟く。
「後輩とですよ。以前ちょうどお店にいらっしゃった時、来たことがある子なんですけど‥‥覚えて‥‥」
そこまで話した時、不意に視線を感じて振り返る。雪子叔母さんが笑みを浮かべてこちらを見ていた。でもなんだかおかしい。視線はもう一つあるような気がする。嫌な予感がして外の方へと顔を向けると、ガラスの外からこちらを見ている人が居る。男性と一緒に来る女性だった。私はすぐにカウンターへ戻ってアイスコーヒーを作り始めた。
「なんだか会話が弾んでるんじゃない?」
「いえ、そんなこと」
雪子叔母さんの問いかけに首を振った直後、鐘の音と共に扉が勢いよく開いた。
「いらっしゃい‥‥ませ」
女性のひと睨みで言葉がぎこちなくなった。同じものでと一言いうと女性は奥のテーブル席に腰かけた。
「やっぱり思った通り」
「なんだよ、思った通りって」
男性はやや不快な表情を見せて煙草に火を点けた。
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