第58話
「そういえば彼とか出来た?」
これも忘れてはならない重要項目の一つとばかりに私は明るく訊ねた。でもなんだか反応が今一つ。それに表情が暗い。もしかして、あらかじめ打ち合わせて置いて私達を驚かせようなんて魂胆じゃないかと、その表情を伺っていたのだが、どうも違うらしい。
「ってことは、二人ともまだ未経験?」
追い打ちをかけるような台詞だったのかと思った時、ゆっくりと亜実ちゃんが首を振る。
「え?ってことは?」
そこまで言うと今度は紗枝ちゃんが首を振った。
「そこは‥‥なんて言うか訊かないでやって欲しいかなって」
紗枝ちゃんがそういうと亜実ちゃんが顔をあげた。
「良いの。二人にも聞いて欲しいから私から話す」
何かを振り返るように、弱々しい口調で亜実ちゃんは話し始めた。
「去年‥‥二人が帰った翌日なんだけど、海辺で夜ナンパされたのね。相手も一人だったし、私も退屈だったからドライブだけならって車に乗ったの。そうしたら変な空き地みたいなところに連れていかれて、必死に抵抗したんだけどダメで―――」
私も梨絵もそれを耳にして一気に声を失った。
「じゃ‥‥もしかしてそのまま?」
「ううん。なんだか知らないけど暴れていたら抜けちゃったみたいで‥‥服は汚されちゃったけど――」
不幸中の幸いとばかりに、ほんの僅か亜実ちゃんは笑いを浮かべる。
「ちょうどそのあと亜実とばったり会ったの」
紗枝ちゃんが後を続けた。
「そうしたら亜実の足に血が付いてるのが見えて、様子も変だったからピンと来たって言うのか、誰にやられたのって大声出しちゃった」
「‥‥そう」
相槌を打つのがやっとだった。
「一年も前のことだし、高校のうちに捨てようと思ってたから、今はもうそんなに気にしてない‥‥って言ったら嘘みたいに聞こえちゃうかな。でもこういう夏の海辺は調子に乗るような連中も多く来るから二人ともくれぐれも気を付けてね」
あれだけのことがあって私達を心配してくれるなんてと目頭が熱くなっちゃった。
「じゃ~、湿っぽい話はここまでにして、今度は二人のことを聞かせて?」
私からの報告はバイクに乗せてもらっただけで特に恋愛云々じゃなかったので掛かった時間はものの数秒。しかし、梨絵の話にはひと盛り上がりを見せた。
「え?去年ここで知り合ったの?」
「それでどこまで行ったの?」
「梨絵ちゃんもやるじゃない」
暗かった部屋が途端に電気を点けたように明るくなった。梨絵にしてもこうなると緩んだ顔が戻せないと幸せを振り撒いた。
「それで彼って上手なの?」
「大きい?」
こうなると中年のおばさんの集まりのようにも見える。女子しか居ない部屋だからこそ出来る会話だろう。
民宿のおばさんに怒られる前にと、去年よりも早く明かりを消して布団にもぐった。蛍ランプ一つになった部屋はどこか夏の終わりのようで寂しくも見える。二人とも明日でお別れなんだという気持ちがそう見せているのかもしれない。
それとさっきの亜実ちゃんの話だ。あんな辛いことがあったのに、私達のことを心配してくれて亜実ちゃんって強い子なんだと改めて思った。
しばらくするとどこからともなく寝息が聞こえ始めた。私の横だから梨絵だ。それと梨絵の向かい側。亜実ちゃんだろう。
紗枝ちゃんはまだ寝付けないらしく、毛布がモゾモゾ動いている。耳をそちらに傾けると妙な鼻息も聞き取れた。
さては梨絵の彼の話が原因かなって内緒話のように囁いた。
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