第56話

「ダメだ!俺と同じように身体を合わせないと!」


 やや振り返るように小池君が怒鳴った。でもこんなに傾いたら今にも倒れそう。私は眼を瞑って小池君にしがみつく。あとはなんとでもなれだ。もの凄く傾いてる。不意に目を開ける。道路がこんなにも近い。手を伸ばせば届きそうだ。


 上り勾配が終わった先に広い駐車場があって、自販機の近くにバイクを止めると「何か飲むか?」と小池君がヘルメットを脱ぎながら訊いてきた。私もヘルメットを脱ぐ。急に頭が楽になった。髪をバッサリ切って頭が軽くなるのとはわけが違う。


 駐車場には何台ものバイクが止まっている。人気のある場所なんだろうか、中には女性ライダーの姿もあった。長い髪に黒のスーツ。つい見惚れてしまう。そして自分もあんな風になれたらと想像する。


 想像は一瞬で崩れ去った。そもそも私の身長じゃ足が届かないし、あんなにスリムじゃない。小池君の傍に立つと順ちゃんよりも背が高い感じで百七十五くらいはありそうだ。


 ジュースを差し出されてプルタブを引く。


「けっこう上って来たんだね」


 駐車場から望む景色に目を向けながら呟くと、


「そんなに高い山じゃないけどな。それより潰れてないか?」


 小池君はチラッと私の胸に視線を送ってニヤッと笑った。若いからすぐに元に戻ると答えたものの、バイクの誘い方といい、今の態度といい、女の子の扱いには慣れている感じだ。童貞どころか何人か経験しているかもしれない。


「それにしても奇麗なバイクね」

「一応新車ってことで」


 何気ない一言にそれとなく値段を訊ねてびっくりした。


「自分で買ったの?」


「いや、ローンさ。って言ってもとりあえず親に立て替えてもらったんで、後で少しずつ返していく予定」


 ふ~ん、と納得したような声を出したが、どこかで納得できない気もした。いずれにしてもこのバイクでの経験は私の恋愛に対しての壁に穴を開けてくれたような気がする。





 膝をポンポンと叩かれ私は目を開ける。


「先輩、そろそろ乗り換えですよ」


 小池君が突然、梨絵に替わっていた。


「あ‥‥もうそんな場所?」


「寝言、言ってましたよ先輩‥‥男の人の名前」


 梨絵の言葉にドキッと反応する。もしやと恐る恐る訊ねた。


「え~と‥‥。確かモッ君だったかな~」


 してやられたと思いつつ、


「残念ながらシブがき隊ってあまり好みじゃないのよね」と言って心の中で安堵の息を吐き出していた。



 民宿にはお昼前には着いた。もちろん今年もお手伝いありの割引価格だ。


「こんにちは~!今年もお世話になります」

「あ~今年も遠いとこからありがとね~」


 民宿のおばさんは私達を満面の笑みで迎えてくれる。その声を聞きつけたように足音がドタドタと響いて、おばさんの脇に二つの顔が揃う。


「亜実ちゃん!紗枝ちゃん!」


 久々の再会に四人でお祭りのように盛り上がった。


「梨絵ちゃん、背伸びたんと違う?」


 私との身長差に二人は素早く反応した。バストもよ、と付け加えようとしたが、他のお客さんの姿も見えたのでやめておいた。とは言え、二人にしても大人びた感じがする。


 やはり一年となると違う。

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