第55話
補習授業から解放され、晴れて本格的な夏休みに突入した日曜日。半袖のブラウスにパンツルックを纏った私は、倒産した会社の駐車場で一人佇んでいた。服装の乱れを気にする素振りをしながら周囲に目を凝らす。
すると視線の先に一台のバイクが映った。凄いスピードで近付いてくる。時計を見る。ほぼ時間通り。私の姿に気付いたバイクが一気に減速して駐車場に入ってくる。
「待った?」
それが小池君の第一声だった。ヘルメットを被った時の小池君は範囲が狭いせいか、普段とは違って見えてドキッとする。私が頭を振るとエンジンを止め左腕に引っかけていたヘルメットを差し出した。被り方を教わって顎紐も止める。途端に首の動くトラのオモチャのように頭がグラグラと揺れる。
視野もやたらに狭い。こんなのを被って運転してるのかって驚いた。
「そこのステップに足を乗せて―――」
言われるままバイクに跨り両手を小池君の腰のあたりに添える。
「そんな掴まり方じゃ振り落とされちゃうぞ。もっと俺にしがみつくように摑まるんだ」
言われたので身体を寄せて手を回すと、手の先が小池君のズボンの前まで行ってしまった。小池君は驚いたように身体をくねらせバイクが左右に揺れる。
「ったくどこ触ってんだよ。スケベだな」
「だってしがみつけって言ったから」
反論しつつも内心笑うのを堪えていた。
それから小池君は「けっこうあるんだな」と言って私の胸に一瞬視線を送る。最初からそれを確認したいために言ったんじゃないかって口には出さなかったけど、言われたようにお腹に手を回すとバイクは風を切るように走り始めた。
指折り数えていた日はあっと言う間にやって来た。雪子叔母さんに二日ほど休みをもらった私は梨絵と一緒にカバンを抱えて電車に乗る。目の前に広がる景色も楽しみだったが、再会できる期待の方が大きいので少々の長旅は苦にならない。
もっとも旅と言ってもお菓子を食べたりジュースを飲んだりとまるで遠足だ。目的の場所まで半分くらいになると早朝のつけが回ってきたのだろう。だんだんと会話も消えて目も虚ろになってくる。リズミカルな音と揺れが心地よく、僅か開けた窓から入る風が、あの日という光景を思い出させて行く。
当たる風はもっと強かったが。
――――もの凄く飛ばすのかと想像していたら意外と安全運転だった。周りの車の流れに乗っている。でも体感的には車とは別物。全身に受ける風がそう感じさせているのだろう。こんな風は自転車では受けられない。
会話にしても走りながらだと叫ぶように声を張り上げなくてはならない。こんなことも初めての経験だ。私の身体は小池君の身体に密着している。胸が押し潰されそう。きっと小池君の背中も感じているはず。
ひょっとしたら興奮して小ぶりなアレが大きくなっているかも。悪戯してもう一度触っちゃおうかと思ったけど、事故でも起こしたら大変と止めた。
交差点を曲がる時もバイクは傾く。これは自転車とちょっと似た感覚。しかし、周りを木々が覆いだすとバイクのスピードは一気に増し腕により力が入る。前を見ようとしたら凄い風が顔に当たって目から涙が出て来る。何度も瞬きを繰り返した。
カーブが始まると自転車では味わえないスリルを感じた。怖さもあって咄嗟に身体を起こす。
すると急にバイクの動きがおかしくなった。
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