第53話
―――「確か、サクジョだったよね?」
土曜日の夕方、教習所の椅子で実技の教習を待っていると、近寄って来た男性に声を掛けられた。男性と言っても見た目的には同じ歳くらいだから男の子か。私が教習所に来る時はいつも着替えてくるので、最初の日に制服で来たのを見ていたのだろう。
「‥‥はい」
嘘をつく必要もないと私は首を縦に振る。
サクジョ。これはもちろん略称。正しくは私立桜女子高等学校。私の通う高校だ。
「どこまで進んだ?」
私の隣に腰を下ろすと、気軽な口調で教習カードの入ったファイルに目を向ける。チラッとその横顔を見る。だいたい教習所の予約は同じような時間になるのか、ハンサムでも不細工でもない顔には見覚えがある。
「まだ場内です」
馴染み始めた言葉を口に出し、そこから自然と世間話になった。
「名前訊いても良い?」
「川島です」
「川島さんね。俺は
「西?へ~っ頭良いんだ」
「頭?あんなところ別にたいしたことないよ」
西高は県内でも割と有名な進学校だ。大抵そんなところに通う人は頭が良くないなんて言ったりもする。私なんかには皮肉にしか聞こえない。
時間だからと席を立ったが、小池君とはよく顔を合わせる。目だけで挨拶を交わす時もあるが、喋る機会も増えて行った。教習が終わって自転車置き場に向かうと、ちょうど小池君も帰るところだったらしく、ヘルメットを被ろうとしていた動作を止めて軽く手を挙げた。
「バイクで来てるんだ」
「あ~、中免は持ってるからね」
排気量なんてわからなかったけど、大きそうなバイクでおまけにピカピカだった。
「乗ったことある?」
私は首を振った。
「良かったら今度乗せようか?」
「後ろに?」
「他にどこに乗るんだよ」
小池君は身体をのけぞらせるようにして笑った。言われてみればと私も苦笑する。こんな瞬間がなんだか心地いい。
「じゃ~、今度」
その場の雰囲気でコクッと頷くと、小池君はバイクに跨ってもの凄いスピードで消えて行った。やっぱりバイクって速い。
生暖かい風を感じながらペダルを漕いでいると、走り抜けていくバイクに目が留まる。あんなスピードで走るってどんな感じなんだろう。以前にも思ったことをふと頭に思い浮かべた。小さい頃から一度乗ってみたいとは思っていた。でも機会が無かった。小池君のバイクに乗らなかったらもう一生乗るチャンスは巡って来ないかもしれない。
夏休みが射程距離に入ったことで計画を練ろうと、土曜日の夜に梨絵を家に呼んだ。
今年も梨絵のお父さんが民宿の手配をしてくれるという話は既に電話で聞いている。
「
去年の今頃を思い出して私は遠い目をして呟いた。
「会おうなんて約束したけど一年前だし、忘れちゃってるかな~」
「きっと覚えてくれてますよ」
梨絵はすぐに否定した。
「でも三年でしょ。もし進学するとしたらバイトどころじゃないよね」
その可能性はあると思ったのか今度は否定しなかった。
「それより先輩、教習所の方はどうですか?」
「教習所。行ってるわよ、順調!順調!」
「やっぱり車の運転って難しいですか?」
順調とは言ったものの、梨絵にこれまでの失敗談を話して聞かせた。梨絵もいずれは免許を取る日が来る。だからなのか笑いながらも興味を示している。
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