第52話
教習所は家から一番近い西を選んだ。何度も目にしている場所だが、初めて足を踏み入れた時は緊張した。だいたい来ているのは若い人。それでも場違いのようなオジサンも見える。何人か知ってる子もいた。それを見てちょっとホッとする。
順調に行けば夏休みまでには免許が取れるかもしれない。そうしたら海に車で行ける。と考えたところで肝心なことを忘れていた。そもそも車が無いし、あったとしても海までなんて無理だ。
―――「どうだった?」
土曜の午後にバイトに入ると、教習所の話をあれこれと雪子叔母さんに訊かれる。これもお馴染みになった。
「まだ場内なんですけど、初めの時なんて三回もエンストしちゃって、やっと走ったと思ったらビューッってスピード出ちゃって教官にブレーキ踏まれてまたエンスト」
話しながら苦笑が漏れる。雪子叔母さんがすかさず笑い出す。
「あのクラッチってなんとかならないのかな~」
「最初はみんなそんなもんよ」
雪子叔母さんはそう言って慰めてくれたけど、もっと真剣にやらないとどこかに突っ込んじゃうかもしれない。そんなことになったらどうなるんだろうか。退学?教習所にも退学ってあるのかな。横に乗っている時は簡単そうだと思ったのに、実際運転してみると全然違う。道のりは果てしなく遠く思えた。それでも同じ学校と名が付くのに教習所はなんだか楽しい。
「叔母さん‥‥あ…店長は事故したことってあるんですか?」
「あるわよ~。もぉ~しょっちゅう!」
「しょっちゅう?」
「って言っても事故ってほどのもんじゃないんだけどね。運転がうま過ぎてあちこち擦っちゃうのよ」
喋り終わってからペロッと舌を出した。
「旦那も人を撥ねるよりは良いなんて、褒めてるのか、貶してるのか」
雪子叔母さんの表情につい私は目を細めた。
「夏休みに入ったら集中して行くんでしょ?」
「そうしようと思ってますけど、バイトはちゃんと決まった時間に入りますから」
「そう。でも無理なようだったら休んでも構わないからね」
私はお礼を言って洗い物を始めた。
梨絵とは定期的に連絡を取り合っている。付き合いは六年を超える。相変わらずいい妹分だけど、私より背が大きいので見た目じゃ向こうがお姉さんみたい。何か背が伸びる方法は無いかと、週刊誌のページに目を向けたりもする。
しかし、目が留まるのは芸能人の恋愛話とハウ・トゥ・セックスなどのHな記事ばかり。もちろんちゃんと夏の海のことも忘れていない。夕食の前には三十分、家の裏で縄跳びをしている。ただ、運動してお腹が空くのかご飯がやたらに美味しく感じて、ついお代わりなんて日も多い。
ダメかな‥‥やっぱり。
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