第49話

 間違いない。友達なんて言ってたけどあれは彼女だ。穏やかで優しそうな人なのにとんだ浮気男だとエッフェル塔の絵を見ながら思った。



 カランコン♪


 巡らせていた考えを断ち切るように鐘の音が店内に響く。


「いらっしゃいませ」というお決まりの言葉は途中から「梨絵ちゃん」と変わって思わず手を振ってしまった。恥ずかしそうに手を振り返してから雪子叔母さんに頭を下げる。なんだかめかし込んでると思ったら、後ろに男性が見えた。すぐにピンと来た。海で会った彼だ。


 彼も覚えていてくれたようで照れ臭そうにちょこんと頭を動かす。私は軽やかな足取りで二人掛けのテーブルに向かった。


「来ちゃった」


 梨絵の第一声だ。


「いらっしゃいませ」


 私も気取って声を出す。それから「今日はデート?」と二人に視線を向ける。


「先輩が働いてるのを一度見たいと思って――」


 体裁の良い言い訳だ。でもそう言ってもらえるのも嬉しい。


「遠いところからご苦労様」

「車なら早いっすから」


 海では軽そうにも見えたけど、こうして場所を変えるとしっかりしているようにも見える。案外、梨絵には合っているのかも。何より二人を包み込む雰囲気がそれを物語っている。これから二人で何をするのかなんて考えるのは野暮だと私は苦笑を浮かべながら頼まれた飲み物を作り始めた。


「お友達?」

「ええ。後輩なんです。男の人は彼氏」


「そう」


 雪子叔母さんも目を細める。


「いいわね~若いって」


「何言ってるんですか、叔母さん‥‥店長だって若いですよ」


「あら、嬉しいこと言ってくれて。時給上げちゃおうかしら」


 雪子叔母さんは声を弾ませる。


 テーブルの中央にクリームソーダを一つだけ置いてストローを二本差し出すと、二人の顔が私に向いた。


「あれ?二人で一緒に飲むんじゃなかった?」


 そう言って私は惚けた。


「ち‥‥違いますよ。俺はアイスコーヒーを―――」


 アイスコーヒーも既に用意していた。素早く戻ってそれを運ぶ。梨絵も彼もやられたと照れ笑いだ。ふと気が付くと奥のテーブルの男性もこちらを見て笑っていた。女性からは痛い視線。


 これなんとかならないかな。


 お店から出て行く時もお約束のひと睨み。気のせいか少し慣れて来た。そんな光景を梨絵も見ていたらしく、


「あの人、先輩のこと睨んでませんでした?」


 テーブルに近寄った時に、ひそひそ声で訊いてきた。


「そう?」


 何食わぬ顔で惚けてみたものの、誰より私が一番よく分かっている。二人で来てもらった方が売り上げ的には良いけど、出来れば男性一人で来て欲しいと心の中で思った。


 梨絵たちが揃ってレジの前に来た。まさか割り勘はないと思っていると彼がスッと財布を取り出す。デートの時はこうじゃないと。


 すると、雪子叔母さんが一言。


「今日のお会計は由佳理ちゃんのバイト代から引いておくから結構よ」


 焦って私は雪子叔母さんの顔を見た。良かった。顔が冗談だと言っている。


「いえ、ちゃんと払いますから」


「わざわざ遠くからいらっしゃってくれたみたいだし、由佳理ちゃんの後輩ってことで今日は私からのささやかなプレゼントだと思って―――」


 雪子叔母さんも良いところがあるなと、私は微笑んで二人を見送った。

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