第47話
「あとでここに電話してもらいたいんだけど」
意味が分からずキョトンとしている私に、今夜待ってる、と内緒話のように囁き席を立った。あとでこっそり広げて見ると印刷したような字で数字が書かれていた。
電話をくれってどういうことだろう。もしかして雪子叔母さんの淹れるコーヒーが不味いとか。それを直接言い辛いので私に。あれこれ考えてもこれだという理由が見つからない。正直、掛けるかどうか迷った挙句、受話器を上げる。時刻は九時だった。
ジュッ、ジ~ッ‥‥ジュ~ジュッ~ッ、ジ~~~ッ。
ダイヤルを回す指が途中で止まりかける。よく見ると❺じゃなくて❻に指が入っている。慌てて受話器を戻す。一回深呼吸した。もう一度メモを横目にダイヤルを回す。
呼び出し音は一回だけだった。
「‥‥‥もしもし」
《あ~。掛けてくれたんだね。ありがとう》
相手も確認しないまま、男性はそう言って軽く笑った。男性のところに電話するなんていつ以来だろうかと私の方は変な緊張をしている。だからなのか受話器を握る手に力が入った。
《『花梨』の人だよね?》
ここでうっかりしてたとばかりに男性は確認して来た。
「そうです」
《由佳理さんって言ったっけ?》
雪子叔母さんにいつも呼ばれているので、下の名前だけは多くの人が知っているはず。とりあえず私はハイと答えた。
《急に電話してくれなんて言って驚かせちゃったよね。その点については謝るよ。ホントはお店で話せたらって思ったんだけど―――》
お店では話し辛いこと。私は男性の言葉を分析している。やっぱりコーヒーの味だろうか。壁に掛かってる絵のセンスだろうか。頭の中にいろんな考えがグルグルと回る。
「それで‥‥その‥‥お話って言うのは?」
考えても埒が明かないと私の口はそう判断したようだ。
《あ‥‥そうだったね。まぁ~何と言うのか、一度どこかで会ってもらえないかなって》
「会う?お店で会ってますけど」
《確かに会ってはいるんだけど‥‥》
男性の歯切れは悪い。なんだろうこのじれったい感じ。
「もし電話で話せることでしたら今お聞きしますけど」
数秒の間があった。何か考えているのだろうか。
《出来れば直接会って話したかったんだけど、もしよかったら俺と付き合ってもらえないかなって》
数秒どころか、今度は十秒以上無言が続いた。
《もしもし‥‥‥聞いてる?》
カラン…コロン♪
扉の開け方に独特の癖でもあるのか、男性が来店した時は決まってこんな音が聞こえるような気がする。目を向けた途端、抱えきれないほどの薔薇の花束でも目に映れば私の気持ちもあるいはぐらついたかもしれない。あいにく真っ赤な薔薇はどこにも無かった。
男性が現れたのは電話の一週間後の日曜だった。後からすぐいつぞやの女性が続く。
今日も奥の指定席だ。
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