第46話
十月に入って間もない土曜の午後、男性は一人でやって来て四人掛けのテーブルに向かった。一人だからカウンターでも良さそうなのにと、トレイを手に注文を取りに行く。
この日もブレンドだった。いろいろ作れるようになったとは言え、未だにホットは淹れさせてもらえない。ドリップ式は加減が難しいのだそうだ。まかないで自分用に淹れたくらいで目下修行中ってところ。
十月でも天気が良いとそれなりに暑い。だからなのか男性の服も半袖と軽装だ。短い髪で清潔感がある。パッと見、兄貴くらいの歳だろうか。コーヒーを啜りながら煙草の煙を吐き出す。こういうところは順ちゃんと似ている。大っぴらに煙草を吸うところを見ると、成人しているのかもしれない。
他にお客さんは来ないかと扉の方に視線を向けていると、左の方から何か見られているような気がして、壁の絵を見るように顔を動かした。すると男性の顔が一緒に動く。やっぱりまた見られていた。何か気になる事でもあるのだろうか。でも今日は彼女が一緒じゃないだけマシか。
翌日の日曜日も彼が現れた。その日も一人で奥のテーブルだった。この日の注文はアイスコーヒー。だから私が作ってそのまま運んだ。
「お待たせいたしました。今日はお一人なんですか?」
プライバシーも大事だけど常連さんとのコミュニケーションも大事だと私は笑顔を向ける。
「ええ」と一言だけ言って照れ臭そうに微笑んだ。優しそうな笑顔だ。対して気の強そうな彼女。こういうカップルが案外うまく行くのかもしれない。
それにしても‥‥‥。
私の方に送る視線は何なのだろう。もしかしたら右側の壁にある絵とか。エッフェル塔にセーヌ川が描かれている絵だ。よくよく考えればあの位置からが一番よく見える。だとしたら私の気のせいなんだと妙に安心して、クスッと笑いが出た。
「あれ?由佳理ちゃん、なんか良いことでもあったの?」
さすが雪子叔母さん。一瞬のスキを見逃さない。
「実は学校で―――」
言い訳はなんとでもなる。
思いがけないことが起こったのは秋から冬への移行が始まった十一月の最初の日曜日のことだった。
肌寒くなって薄手の上着を羽織った男性がいつもと同様に奥のテーブルに着き、温かいコーヒーを啜り始める。それからしばらくして雪子叔母さんがトイレに向かったのを横目で見ると、それを合図のようにスッと手を挙げた。
追加注文なんて珍しいなどと思いながら歩み寄っていくと、テーブルの上に何か置いた。
折りたたまれたメモだった。
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