第45話

「ところで彼のことなんて呼んでるの?」


「え‥‥涼ちゃんって」

「涼ちゃん!イヤ~ッ」


 声をあげながら胸に手を伸ばすと、梨絵がその手を拒む。


「あれ?もう私には触らせないって?」

「別にそんなつもりじゃないんですけど」


 二人で笑い合った。


 いつまでもこんなひと時が楽しめる学生でありたいと思うのは当然かもしれない。しかし、時は刻々と過ぎ去っていく。誰にも止められない。



 高校二年になった梨絵は私よりも大きくなっていた。と言っても胸ではなく身長だ。私は胸に栄養が吸い取られたのか、Dカップのブラがきつくなったものの、身長の変化は微々たるもので、一緒に歩くと梨絵の方が数センチ大きい。百六十センチを少し超えたらしい。


 細身の身体もあってかスラッとした印象だ。セットが面倒だからと後ろにまとめていた長い髪も今はバッサリと切ってのショート。これが意外と似合っている。美容院のお金は家で出してくれるのだとか。私も行ってみたいけど、就職するまでは無理かなって鋏を手にしながら思う。



 カラン…コロン♪


 雪子叔母さんが以前話していた。長いこと商売していると扉を開けた音でお客さんがわかるのだとか。言われてみると今日の音は少し違ったようにも聞こえる。日曜日に何度も見たことのあるカップルだ。一番奥の四人掛けのテーブルが指定席。今日もそこへ向かって歩いていく。


「いらっしゃいませ」


 ニッコリと微笑んで声を掛けると、男性の方が会釈をした。これもお馴染みのシーン。二人揃っての時もあるけど、どちらかというと男性が一人で来る時の方が多いだろうか。注文はいろいろ。最近は涼しくなって来たのでブレンドをよく頼まれる。そして注文を終えた後は必ず煙草に火を点けライターのパチンとした音を響かせる。


 雪子叔母さんの態度から見ても、けっこう長いこと来てくれているみたい。正面に座る女性はボブの髪に清潔な印象を受けるものの、時折見せる眼付から気が強そうな感じ。やはり座ると煙草を咥える。


 そんな彼女はすれ違った瞬間、シャンプーの香りに混じって、嗅いだことのあるような匂いが届くときがある。それが何なのかは思い出せない。素敵な匂いでもないので訊くわけにもいかないし、そもそも人の彼女のことだからどうでもいい。それにあまり詮索したりすると雪子叔母さんに怒られそう。


 意識を他に移したら移したで、今度は逆に妙な視線を感じたりもする。


 奥のテーブルの男性からだ。色目という感じでもないが、忘れた頃にチラッとこちらを向く。その視線を察してか彼女が何か男性に喋っている。おかげで会計を済ませて出て行く時に、彼女にひと睨みされてしまった。


 私が悪いわけでもないのに。

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